The Study
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タイル
History
ご存知の通りやきものの歴史は古い。タイルもそのひとつで、世界最古と言われているのが紀元前27世紀頃のもので、エジプトのジョセル王の階段ピラミッドに使用されている。
日本におけるタイルの起源は、紀元前3世紀頃から中国で見られるようになった「塼(せん)」と呼ばれる陶板だ。6世紀頃に仏教と共に伝来し、寺院の床などに使用された。世界最古の木造建築「法隆寺」の床にも使用されており、その後も寺院建築の床には「敷瓦」と呼ばれる陶板がよく用いられている。
それとは別に、遅れて幕末に西洋建築と共に渡ってきたのが、私たちにも馴染み深いタイルの基となる西洋のタイルだ。この時代の西洋館と言えば、欧米人が住む異人館と賓客をもてなす迎賓館が主なもので、それらには暖炉があり、英国製のタイルで飾られていた。
明治に入ると、西洋のタイルの絵柄を真似た極彩色のマジョリカタイルや、白地に藍色の柄を施すなど、和風建築にも合う「本業敷瓦」が登場するが、いずれもインテリアの一部として贅沢品扱いに止まった。一方で、日本の主建築である木造は水に弱いため、それを改善する建材として釉薬を塗った硬質のタイルが注目され、銭湯などを中心に使われるようになる。昭和2年には、大阪府議会が伝染病を防ぐ方法として「遊郭のトイレと消毒所はタイル貼りにすること」と決議。それをきっかけに、一般家庭でも風呂場や台所をタイル貼りにすることが一気に広まった。
豊かな意匠性と 永続性の妙

みなさんは、タイルと聞いてどのようなものを思い浮かべるだろう。白い正方形のシンプルな磁器の板、または、それが張り巡らされたバスルームやキッチンなどをイメージするのではないだろうか。そして、ツルっと白く輝いたタイルの空間は、爽やかで清潔な印象ではないだろうか。
その印象が語っている通り、タイルの最大の特長といえば、火と水に強い点と、汚れがつきにくく落としやすいので衛生面に優れている点だ。しかし、今回はそこではなく、タイルの持つ豊かな意匠性と美しさの永続性に焦点を当ててお話したいと思う。
右のヒストリーでは明治時代に登場した贅沢品である『マジョリカタイル』や『本業敷瓦』を紹介したが、その後もタイルを語る上で意匠性や美術性という観点は外せない。
そしてその底力は、昨今広く見直され、新たな形で開花しているようだ。具体的には、一般家庭のリビングのインテリアとして使われる例や、キッチンやバスルームにおいても、アクセントとして楽しんで使われるようになったことがあげられる。
では、家をより豊かにしてくれる、美しくて楽しいタイルの世界を覗いてみよう。
タ イ ル の 意 匠 性 を 垣 間 見 る 背 景
タイルの定義は、工業規格として正確に定められてはいるが、今回は「壁や床などに貼り付けて使用する比較的薄手の陶磁器」としよう。タイルカーペットやPタイルなどは含まないものとする。
まずは、近年の建築におけるタイルの意匠性を語る上で、欠かせない話をしよう。
一つ目は、小片を並べて面を描くモザイクの話。この技術は、さまざまな国で古くからあり、石やガラスなどを用いて宗教的な絵や幾何学模様を描くのによく使われた。そのため、世界的にはカテドラルやモスクなどによく見られる。また、スペインの建築家ガウディの作品でも有名な技術だ。日本、とりわけ関西では大正15年にヴォーリズ建築事務所が手がけた京都の東華菜館の屋根などが身近なところだろう。
ここまでのモザイクの例を見て何か気付くだろうか。そう、モザイクは芸術表現に使われる技術であって、庶民のものではなかったのだ。

イタリア・ラヴェンナの初期キリスト教建築物群のひとつレオニアーノ洗礼堂(5~6 世紀)の天井。洗礼を受けるキリストの姿がモザイクで描かれている。
ところが日本ではその後、特殊な進化を遂げる。その舞台となったのが銭湯だ。大正時代に描かれるようになった富士山などのペンキ絵を、タイルを紡いで描く銭湯が続々と登場した。世界的には芸術扱いされていた技術が、日本では庶民のものとして開花したのだ。その後も日本では、庶民のものとしてあり続けている。
次は、外壁タイルに大きな影響を与えたアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの話。彼が大正12年に竣工した『帝国ホテル旧本館』には、鉄筋コンクリート造の表面に装飾としてさまざまなレンガや石が使用されていた。具体的には、多孔質で表情豊かな『大谷石(凝灰岩)』や、細かな傷を施した『スクラッチレンガ』、そして特殊な形をしたテラコッタなどがあげられる。その優れた意匠は建築業界にブームを巻き起こした。その結果、それらの表情を模倣したタイルが生まれ、現在でも外壁の仕上げによく使われている。

旧帝国ホテルの外壁。レンガや石が装飾的に用いられている。
三つ目に「1枚でも完成された意匠性をもつタイル」を紹介しておこう。右頁のヒストリーにもある『マジョリカタイル』や『本業敷瓦』など芸術的な流れはそこで途絶えた訳ではない。それらに続いて、やきものならではの予期せぬムラが魅力の「窯変タイル」や、京焼の池田泰山によって創作された「泰山タイル」などが登場し、高い芸術性を持つ建材として建築美術を豊かなものにした。中でも、大阪の綿業会館にある談話室のタイルタペストリーは創作タイルの最高傑作と言われており、今でも当時の美しさを保っている。

泰山タイルの最高傑作、大阪・綿業会館談話室のタイルタペストリー。

スペイン・バルセロナにあるグエル公園の壁。食器やタイルを割った片で描かれたガウディ作のモザイク。
ここにもう一つの魅力、永続性がある。絵の具で描かれた絵画や、ペンキで描かれた壁画なら、とうに色褪せてもおかしくないものが、タイルなら時代を超えてその日のままあり続けられるのだ。美しいものを美しいまま使い続けられる。これは他の素材にはあまり見られない、やきものならではの稀有な魅力だ。
優れた意匠性を持つ 昨今の魅力的なタイル
システムキッチンやユニットバスの普及に伴い しばらく姿を消していた意匠性の高いタイルたちが 近年、見直されている。新時代の感性や技術を 取り込んで生まれ変わった魅力的なタイルたちを 「モザイクタイル」「素材感を楽しむタイル」「装いと彩 りのタイル」の3つのジャンルに分けてご紹介しよう。
モザイクタイル(モジュールを楽しむ)
独自の進化を遂げたモザイクタイルの生み出す空間はものづくり大国日本のお家芸と言っても過言ではない。
組み合わせの妙によって生まれるモザイクの世界は空間に単なる平面では表現しきれない、温もりと奥行きを与えてくれる。






素材感を楽しむタイル
タイルの表現力は色・柄・形に限ったことではない。近年では、セラミックの特性を活かして、木や布、コンクリートや金属などさまざまな異素材を再現したタイルが続々と登場している。水に強く耐久性に優れ、手入れも簡単なので、場合によっては本物を超えるとも言える。

コンクリート 無造作なドットが味わい深いコンクリートの打ち放し風タイル。Art,ジャーノ)

レンガ 古レンガ風タイル。タイル業界でもエイジングされたデザインは人気。Koy,

布 布や革のような柔らかさを感じる。Mat,ーネ)

タイルなら、バスルームにも布があしらえる。

金属 見慣れ,クト)

傷つきやすく水に弱いウッドもタイルなら大丈夫。左,チュール)
装い・彩りのタイル
タイルが建築美術に大きく影響していることは先にも述べた通りだ。当然、製造側からもさまざまな提案があり、
またインテリア業界からのアプローチも多い。空間演出力の高い洗練されたタイルを集めてみた。

日本でも人気の高いイタリアのカジュアルブランド「DIESEL」がコラボレーションしたタイル。デニムの風合いを再現している。DIS,ビング

インクのにじみやすれを表現した個性的なタイル。Wal,チュール

近代建築の三大巨匠の一人「ル・コルビュジエ」。彼の作品である東京・上野の国立西洋美術館が世界遺産に登録されたことでも記憶に新しい。彼が見出した芸術的な色素「カラーパレット」の中から選ばれた色彩を取り揃えた。

ペルシャ柄を老舗の窯元が手書きで再現したクラフトタイル。アクセントとして数枚使うだけでも空間の印象を大きく変えることができる。Hak,星)

めのう石の模様を取り入れた斬新なタイル。Bel,ガタ)
新時代の才色兼備なタイル
ここまではタイルの意匠性を中心に話してきたが、最後に少し機能面についても触れておこう。
タイルの機能面における魅力と言えば、火と水に強く、汚れが付きにくく落としやすいなどがあげられるが、昨今は暮らしの変化に合わせて、さらにさまざまな機能性が付加されている。しかもそれらのタイルは、豊かな装飾性も兼ね備えていて、インテリアのニーズにも十分応えてくれる才色兼備なタイルたちだ。
では、代表的なものを三つご紹介しよう。
1.調湿性と脱臭効果に優れたタイル
エコカラット/LIXIL
一つ目は陶磁器が、多孔質である特性を活かした機能だ。無数に空いたタイル表面の小さな穴の大きさのコントロールが可能になったことで、これらの機能が期待できるようになった。
その一つは、余分な湿気を吸い込み、必要な時には吐き出してくれる調湿機能だ。この機能は珪藻土の塗り壁などにもあることが知られているが、その何倍もの吸湿と放湿が可能で、空間を快適な湿度に保ってくれる。ひいては、カビやダニの繁殖を抑える効果も期待できるのだ。
またその穴は、湿気だけでなく、嫌な臭いの成分や有害物質も吸い込んで低減してくれる。もちろん、吸い込む成分にもよるので、完全にとは言えないが、かなりの効果が期待できるようなので、トイレの壁やペットの臭いが気になる場所などには最適だ。

壁面に使用されているのは、オーク材を表現した調湿性と脱臭効果に優れたタイル『エコカラットビンテージオーク』。

優しい空間を演出してくれているラベンダーカラーの『エコカラット フェミーナ』。湿度をコントロールし、快適な空間を保ってくれる。

調湿性に優れたエコカラットは、快適な湿度で睡眠をサポートしてくれるほか、寝具がじめっとするのも防いでくれる。

湿度のこもりやす水まわりには、調湿機能は最適。また、脱臭効果に加え水拭きができる『エコカラット プラス』が トイレにはおすすめ。
2 . 住まいのアレルゲンを軽減するタイル アレルピュア/LIXIL
二つ目は、小さな子どもを持つ家庭に嬉しい機能だ。タイルの表面に抗アレルゲン剤をコーティングし、付着したアレルゲンの働きを抑制することで、住まいのアレルゲンを軽減してくれるのだ。
アレルゲンを多く含むハウスダストは、人の動きや風の流れによって舞い上げられているものの、空気の流れが止まると床に舞い落ちる。つまり、小さな子ども達の活動範囲である床付近に集まりやすいのだ。そこにこのタイルはとても有効と言えるだろう。
また、玄関に使って、外から入ってくる花粉を入り口で食い止めるというのも効果的な使い方だ。
当然、アレルゲンが全て壁や床に付着するわけではないので、アレルギーの発生を抑えるとまでは言い切れな
いが、空気清浄機などとの併用で高い効果が期待できるそうだ。

アレルゲンは子どものうちから遠ざけることが大切なので、子ども部屋やリビングの壁に最適だ。
3.冷やっとしないタイル サーモタイル/LIXIL
三つ目は表面に触れても冷やっとしないタイル。風呂場など、直接肌に触れることの多い場所に最適なタイルだ。
内部に気泡をつくることで熱伝導率を下げ、触れた肌から熱を奪いにくくしている。それによって、従来のタイルのように触れた瞬間に冷やっとすることがないのだ。
最後に特筆しておきたいことは、いずれの機能も、電気などのエネルギーを使うことなく叶えられていることだ。
今回は紹介できなかったが、タイルと一緒に目地も、カビが付きにくかったり、カラフルになっていたりとどんどん進化している。
高い意匠性を持ちつつ、人にも環境にも優しい進化を遂げているタイルは、注目すべき優れた建材だと言えるだろう。

取材協力・写真提供: 株式会社LIXIL
子どもから大人まで、 タイルの楽しさにワクワクが溢れ出す 多治見市モザイクタイルミュージアム
美濃焼で有名な多治見市。中でも笠原町は、国内におけるモ ザイクタイルのシェアを90%近く占めるタイルの町だ。そこに2016 年、建築家・藤森照信氏による独創的な外観のタイル専門ミュー ジアム「 多治見市モザイクタイルミュージアム」が生まれた。
戦前、茶碗や皿などの窯元が集まったいわゆる陶器の町だった笠原町は、京都でタイルを学んで戻ってきた山内逸三氏の開発と 分業によって町ぐるみでモザイクタイルを製造するようになる。戦後、 進駐軍の住宅用に大量のタイルが必要となったことを皮切りに、住宅の西洋化やマンションの建築ラッシュなどに伴い、笠原町はタイ ル景気に湧いた。ところが1990年代半ばになると、その賑わいは嘘のように消える。ユニットバスやシステムキッチンなどの普及に伴い、タイルの壁や床は廃棄の一途を辿ったのだ。いつしか、それを不憫に感じた笠原町の有志や行政は、消えゆくモザイクタイル製品を貰い受けるようになった。それらを集めて展示したのがこのミュージアムだ。
もちろん、所蔵品の展示だけでなく、歴史や製造工程を紐解い たコーナーやタイルにまつわる企画展、またはタイル貼りを体験で きるコーナーや町のタイルを見て歩く散策イベントなど、タイルを身 近に感じられるさまざまな要素が盛り込まれている。
また、最新タイルの紹介やタイルコ ンシェルジュによるアドバイスも受けられ、今から家を建てたりリフォームする方に役立つ情報も満載だ。興味 のある方はぜひ足を運んでみよう。

【施設情報】岐阜県多治見市笠原町2082-5 TEL.0572-43-5101/開館時間 : 9時〜17時(入館は閉館の30分前まで)/月曜日休館(休日の場合は翌平日が休館)/観覧料 : 個人310円 高校生以下無料/詳細は公式サイトにて https://www.mosaictile-museum.jp/

タイルの原料を掘り出す採土場をモチーフにした ミュージアムの外観。


ミュージアムショップで人気の タイル詰め放題 500円。

予約なしでタイルを使ったクラ フトが楽しめる体験工房は、 1人500円(材料費込み)

取材・写真協力
●株式会社LIXIL
http://www.lixil.co.jp
【LIXILショールーム箕面】
箕面市萱野4丁目5-45
tel.0570-783-195(ナビダイヤル)
OPEN : 10時〜17時
毎週水曜日(祝日除く)・夏期・年末年始休み
【LIXILショールーム大阪】
大阪市北区大深町4-20
グランフロント大阪南館タワーA11階
tel.0570-783-195(ナビダイヤル)
OPEN : 10時〜17時
毎週水曜日(祝日除く)・夏期・年末年始休み
●名古屋モザイク工業株式会社
https://www.nagoya-mosaic.co.jp
【大阪ショールーム】
大阪市中央区備後町2丁目1番1号
第二野村ビル1F
tel.06-6223-8006
OPEN : 10時〜17時/日曜・祝祭日休み
●一般社団法人全国タイル業協会
/全国タイル工業組合
名古屋市東区代官町39-18
tel.052-935-7941
http://www.tile-net.com/