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「 F031 」

名作デスクを復刻し、半世紀前のデザインを現代に

名家具は、それを生んだデザイナー亡き後も現代に力強く生き続ける。フランスを代表するデザイナー、ピエール・ポラン(1927-2009)が生んだデスクもその一つ。「F031」として日本で復刻され、今やロングセラー家具となっている。今回は、復刻までのストーリーやデスクの魅力を探った。

フレンチモダンの巨匠、ピエール・ポランの名デスク

ピエール・ポランは、60年代~70年代に活躍したフランスを代表するデザイナーの一人である。革新的な構造やかつてない素材を用いて、独創的なフォルムの作品を次々に生み出していった。その代表作とも言える「リボンチェア」や「タンチェア」は、デザイン界のアイコンになるほど有名で、現在はMoMA(ニューヨーク近代美術館)など各国の美術館に永久コレクションされている。歴代フランス大統領とも交流が深く、大統領官邸であるエリゼ宮の内装も手がけたという。さらに1970年の大阪万博では、フランスパビリオンでトリコロールのソファ「アンフィス」を展示し、その斬新なデザインが話題を呼んだ。

ポランがとくに影響を受けたのが、チャールズ・イームズやジョージ・ネルソンなど、ミッドセンチュリーを代表するデザイナーである。ミッドセンチュリーは、40年代から60年代の家具に見られるデザイン様式。戦争の軍事技術から生まれた新しい素材や家具の製造技術を用いて花開いたもので、装飾を削ぎ落としたシンプルで合理的なデザインが特徴だ。イームズについてポランは、後のインタビューで「余計なものを加えずに、技術で勝負している」と語っている。

ミッドセンチュリー家具は、50年代のポランの作品に多大な影響を与えた。名デスク「CM141(現在のF031)」が生まれたのもこの頃。ポラン自らがメーカーに売り込みをした唯一のデスクである。復刻を手がけた「メトロポリタンギャラリー」の代表下坪裕司氏はこう話す。「このデスクを本で見たとき、衝撃を受けました。木とメラミン化粧板、アイアンという異素材を組み合わせ、なおかつシンプルで美しく見せるのは簡単そうでなかなかできない。特別な存在です」。60年代に入ると、技術の進化や数々のデザイナーの影響によってポランのデザインはより有機的に進化を遂げていったため、初期作品のCM141が販売されていたのは1956年からの約10年間という限られた期間だった。

ピエール・ポラン(1927〜2009年)
フランスパリを代表するデザイナー。彫刻家の大叔父と自動車デザイナーの叔父の影響を受け、彫刻家を目指すも右手の負傷により断念。北欧のモダンデザインに心を揺さぶられ、1953年にデザイナーとしてデビュー。

廊下の突き当たりに置かれたポラン氏の代表作の一つ「リボンチェア」。

ポラン氏の自宅。以前は森だった場所をポラン氏が気に入り、切り開いて家を建てたそう。

蚤の市での出会いから
「F031」復刻までの道のり

1996年頃、インテリアショップのバイヤーだった下坪氏は、アンティーク家具を買い付けにヨーロッパに行った。この時立ち寄ったフランスのクリニャンクールの蚤の市で、古いアートや骨董品と並んで売られていたのが、「CM141」だ。下坪氏は、迷うことなくこれを購入し、日本に送るために現地で分解すると、その構造に新たな発見があった。「非常に合理的にできていることに感激。作品の良さを再確認しましたね」。帰国後、日本の自宅で使ってみると、さらに気づきを得られた。「シンプルで日本のデザインにも通ずるところがあって、サイズ感も日本の家にちょうどいい。きっと、日本人にもこの良さを分かってもらえるだろうと考えました」。以前からアンティーク家具の復刻に興味を持っていた下坪氏は、これなら日本でも再生産ができると考え、事業化に乗り出した。

蚤の市で購入したオリジナルのデスク。袖は木、天板はメラミン化粧板、脚はスチールという異素材を組み合わせている。

まずはポランの製品を多く取り扱うオランダのメーカー「アーティフォート社」にコンタクトを取り、日本での再生産の話をポランに伝えてもらうことにした。「返答は来ないだろうなと思っていたら、意外にも代理人から連絡が来たんです。ポランもその奥さんも、もともと日本が好きなので、この話を喜んでくれたようです」。その後、代理人を通じて交渉を続け、2003年に正式に日本での製造・販売権を獲得。「CM141」の復刻版デスクが「F031」として世に出た。下坪氏は、「F031のサンプルを送ると、ポランから『パーフェクト!』というコメントをもらえました」と当時を振り返る。

下坪裕司氏。北海道出身。札幌のデザイン学校を卒業後、インテリアショップのバイヤーなどを経て株式会社メトロポリタンギャラリーを設立。メトロクスは、モダンデザインの秀作を集めた同社のインテリアブランド。

復刻が合意に至ったのち、フランスにあるピエール・ポランの自宅に招かれ、訪れたときの一枚。

シンプルだからこそ大切な
ディティールへのこだわり

20〜50代の5人の家具職人が働く工房。木材を加工する大型機械の音が常に響いている。

1997年創業の工房。家具の産地である旭川で特注家具の製造を専門にしている。

デスクの製作には相当な試行錯誤を重ねている。メトロクスが最もこだわったのは、精度の高さ。製品化した後も、満足できる精度が出せるまで、数年の間に何度も製造工場を変えてきた。「シンプルであるということは、裏を返せばごまかしがきかないということ。ですから、ディティールを美しく仕上げることにこだわりました。そうすることで作品にエレガントさが増します」と下坪氏。たとえば、袖の角は面を取っているため、天板とフラットに接合してしまうと僅かに角を落としている分、余計な溝が生じてしまう。そこで、あえて天板を0.3㎜ほど下げて段差を作っているという。「この0.3㎜が、1㎜だったりフラットだったりすると、気になるんですよ。こうした細かなリクエストを理解してくれたのが北海道旭川市にある工房でした」。

現在F031の製造を担うその工房を訪れると、美しく仕上げるための細やかな職人の技術が見えてきた。

F031の袖部分に使われる木材。ランバー合板に2.5mmの突き板を貼ったもので、チークとオークの二種類がある。

天板はオリジナルと同じくメラミン化粧板を用いている。カラーは白と黒の2種類。

スチールのアングルは鉄の加工工場で製造。
スリムでかつ強度が高い。

袖部分の板を、慎重に切断する。抑える手の加減で精度が大きく変わるため、非常に神経を使う工程だという。

斜めにセットした刃で板を切断。これを組み合わせて木材を継ぐ。

切断した断面に実(さね)加工を施し、ここに木の継手をはめ込む。

継手で組み上げると、斜めの切断面と実加工、継手の全てがぴったりとおさまる。

4枚の板を組み上げ、デスクの袖部分を形作る。

差金をあてて直角を測り、ズレがあればトンカチで調整。繊細な手の加減が必要となる。

治具(じぐ)をセットしたまま30分〜1時間プレスし、木材の密着性を高める。

組み上げた箱型に、型である治具をセット。こうすることで直角を正確につけることができる。

斜めにカットした木材を組み合わせる「留め継ぎ加工」によって、袖の後ろ側まで完璧なフォルムを叶えている。

日本の職人の優れた技術で
オリジナルを忠実に再現

工房で約1年間の試作を繰り返して改良を重ねた結果、ディティールへのこだわりは叶えられていった。天板と袖0.3㎜の段差は、「マスキングテープ」で実現した。天板にマスキングテープ」で実現した。天板にマスキングテープを3枚重ねて貼り、その上からジョイントカッターでビスケット穴を開ける。こうすることで、テープ3枚分だけ穴が上にずれるため、袖と接合するとわずかな段差が生まれるという。計測することも難しいわずかな差を、身近な材料で叶えている。

最も難易度が高かったのは、袖部分の小口(切断面)仕上げだ。見ると、斜めに切断した木材どうしが一分の隙間もなくぴったりと接合され、継ぎ目が非常に美しい。「今の形になったのは、デスクを作り始めて5〜6年経ってからです。それまでは、箱型を組み上げてから上に突き板を貼り付けて仕上げていましたが、非常に手間がかかる割には精度が安定しない。もうちょっと改善できないかと話していたら、あるとき職人の一人が今の方法を編み出しました」。突板を貼った合板を斜めに切断し、そこに実加工を施し、木の継手で箱に組み上げていく。切断には非常に神経を使うそう。依然として手間はかかるが、この方法になったことで精度が格段に上がった。

引き出しが入る袖の縁には、突き板のテープを貼る。これも角を斜めにカットして、小口を出さないよう精度高く仕上げる。

最後に、袖の表面を研磨して仕上げる。

美しく収まった袖の角。いくつもの素材が組み合わさっているとは思えないほど、わずかなズレもない。

スチールのアングルは、旭川にある別の鉄の加工工場で生産されている。溶接部が非常に滑らかで、まるで最初からその形であったかのようだ。また、オリジナルを忠実に再現するだけでなく、現代の技術で改良も加えられている。たとえば、引き出しの取っ手の取り付けには、オリジナルでは大きな目ネジを使っていたが、より小さいものに変更して目立たなくしている。「当時の素材は今よりもう少し粗かったんです。現代の素材で代用して改良できる部分はポランに提案をして、採用されています」と下坪氏。

天板にマスキングテープを3枚重ねて貼り、その上からジョイントカッターで接合のための穴を開ける。天板と袖の穴の位置がテープ3枚分ずれて、接合すると0.3mmの段差が生まれる。

天板と袖をビスで接合する。やや離して置き、ビスで引っ張るように接合することで密着性を高める。

天板と袖を接合する部材「ビスケット」

最後に、デスクにアングルを取り付けて完成となる。

こうして、職人の技術と発想の転換、柔軟なアイデアによって、オリジナルからさらに美しさに磨きをかけたF031が生まれた。「なくなってしまった過去のものを再生産することは、デザインを再評価するということ。1点、2点しかないものを100人にも1000人にもその良さを伝えることができるわけです。やはり、優れたものは市場にあるべきだと私は考えています」。

復刻で再評価される
力強い名家具の数々

復刻された名デスク「F031」。日本家屋にも馴染む、装飾のないシンプルなフォルム。
サイズ(mm) : W1300×H725×D610/素材 : ドロワー チーク材、天板 メラミン化粧板、脚部・取っ手 スチール/価格 181,500円

袖と天板にはわずかな段差をつけ、不要な溝をなくしている。

袖部分は全く小口が見えない。職人の細やかな技術でオリジナルのエレガントな雰囲気を再現している。

引き出し部分も継ぎ目が見えないように組み方を工夫。

スチールのロッドとフラットバーで強度とデザインを両立。

脚の先は、ワッシャーを溶接し凹凸を丁寧に削り取ることでなめらかなアールを描く。

溶接部分に凸凹がなく、非常になめらか。これも、職人の技術によるもの。

 

引き出しの内側には、ピエール・ポランの真鍮製サインプレートが貼られている。

現在は、デスクのほかにサイドボードやサイドテーブルが復刻シリーズに加わっている。下坪氏が「サイドボードを復刻したい」と連絡した際には、ポラン自らがスケッチを書いて送ってきてくれたそうだ。「これらの初期の作品は、彼のデザイナーとしての評価を確たるものにした作品。デザイン料は高くなかった頃ですが、デザインをすればほとんどが製品化されていたようです。彼にとっても、この時代の作品が復刻されるというのはやはりうれしかったんだと思います」。日本の優れた職人技によって忠実に復刻されたシリーズは、ポランにとって重要なポジションを占めたに違いない。

F031は発売から約20年経つ今も売れ続けている。下坪氏によると、これほどロングセラーを記録するデスクは珍しいのだという。「50年以上前にデザインされたものでも、現代に通ずる作品はやはり力強いですよ」。2009年にポランは生涯を閉じたが、そのデザインは今も多くの人を魅了している。


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