つちかわれる、モノ・暮らし

暮らしを豊かにするアイテム

「 AGNI -HUTTE-
(アグニ ヒュッテ)」

鋳物づくりの技術が生んだ
純国産薪ストーブ

日々の暮らしを共にする道具や器、家具。モノにあふれている時代だからこそ、暮らしに寄り添う丁寧につくられたモノを選びたい。
今回は、460年前から鋳物業を営む岐阜の株式会社岡本へ。進化する技術と変わらぬものづくりへの情熱が注がれた国産薪ストーブを取材した。

紀元前から続く日本の鋳物の歴史

 日本の鋳造(ちゅうぞう)技術は、弥生時代前期末(紀元前400〜300年頃)に大陸から移住した渡来人によって持ち込まれたと言われている。銅鐸(どうたく)や銅剣から始まり、甲冑(かっちゅう)や刀などの武器、次いですき・くわなどの農工具も鋳造されるようになっていった。東大寺の大仏も、奈良時代の鋳造技術で建てられたものだ。室町時代になると、大阪・河内に鋳物師(いもじ)が集まり、鋳物産業が繁栄。とくに高度な技術を有する108の鋳物屋だけが朝廷から「御鋳物師」の免状を与えられ、鋳物事業を独占した。交通税の免除など数々の特権も許されていたという。その後、108の鋳物屋は全国に散り散り移り住み、各地で鋳造技術を高めていった。
 このうち、河内から美濃国の岐阜城下に移住したのが株式会社岡本の創業者、岡本太右衛門(おかもとたえもん)である。時は1560年、動乱の戦国時代。一時は織田信長の家臣として仕えたこともあり、香炉を献上した際に信長から授けられたという感謝状が現在も同社に残されている。また、創業当時より寺院の梵鐘(ぼんしょう)を造っており、岐阜の山寺から「永禄三年 岡本太右衛門鋳造」と記された梵鐘が発見されている。
 近代までは農工具や鍋などを中心に鋳造していたが、明治時代になると炭火アイロンやフライパン、風呂釜など、時代に応じたさまざまな製品を造るようになった。また第二次世界大戦中は軍需工場に指定され、手榴弾の弾体を作ったこともあったそうだ。
 戦後の高度成長期に入ると、日本では水道の整備が急ピッチで進められていった。その時流に乗り、岡本も水道管やマンホールの蓋の製造を手掛けるように。同時に、岡本太右衛門の名を継いだ現会長のもと、鋳造の技術を進化させ、昔は「落とすと割れるもの」という認識だった鋳物が、社会インフラを支えるほどの強度を持つ製品になっていった。

完全に機械化されたラインもあるが、一部は手込みのライン。現在も職人の細かな手仕事が欠かせない。

技術と誇りを伝承し続け
戦国時代から現代へ

 約3トンの鉄を溶かす巨大な電気炉が並ぶ、岡本の鋳造工場。炉内で真っ赤に溶かされた鉄が、取鍋と呼ばれる大きな器に吐き出される様は圧巻だ。他方のラインでは、大きなノズルから主型に砂が投入され、形が砂に転写される。こうして造られた鋳型に、機械で持ち上げられた取鍋から次々に鉄が流し込まれ、固められて鋳物になる。
 この工場は現在、国家資格である「鋳造技能士」の職業訓練校に指定されている。これは、同社が国内でも有数の設備と技術を有している証だ。

鋳物の元となる主型(おもがた)。この型を砂に転写して、鉄を流し込むための鋳型を造る。

主型に砂を流して押し固める。最後に小さな孔をいくつか開けることで、流し込まれた鉄からガスが抜け、鋳物の欠陥を防ぐ。

 しかし、いくら優れた機械が完備されていても、細部には職人の手仕事が欠かせない。例えば、鋳型にはあらかじめ「中子」と呼ばれる砂型をセットする。その後、鋳型に鉄を流し込むことによって、水道管のように空洞のある鋳物を造ることができるのだが、中子の位置がわずかでもずれてしまうと製品精度が落ちてしまう。このとき、中子をはめこむ職人の手は相当に慎重だ。

主型を鋳物砂に転写して鋳型ができる。

鋳型の焼き付きを防ぎ、鋳肌を整えるために塗型剤(とかたざい)を吹き付ける。

細やかな寸法制御が必要な部分は手作業で塗型剤を塗る。こうすることで、角部まで欠けることなく仕上がる。

 技術の伝承にかける想いも強い。創業時から造っている梵鐘には、今でも昔ながらの技法を用いている。梵鐘は表面に突起や文字などの装飾が多く、主型や鋳型造りにも高度な技術が求められる。そのため、同社の中でも特に技術の高い職人が2名指名され、師弟制度の形で技術を受け継いでいるという。
 室町時代、朝廷から免状を得た108の鋳物屋は、現在も10社ほど全国に残っている。その中にあって、岡本が鋳造の第一線を走り続けているのは、技術の伝承に絶え間なく力を注いできたからだ。加えて、「時流適応」の精神で時代のニーズを先取りし、一つのものにこだわらず柔軟に商品開発を行ってきたこともまた、岡本の発展を後押ししている。

溶けた鉄の温度計測を行い、定められた温度域で鋳型に流し込む。

溶けた鉄を、取鍋から鋳型に流し込む。静かに素早く注ぐ機械操作の技術が必要となる。

鋳物屋の誇りをかけた
純国産薪ストーブ

 岡本が薪ストーブの開発を始めたのは2010年。「主力商品は公共事業で使われる部材ですが、もっと生活に密着したものづくりがしたいと考えていました。そこに『鋳物の伝統を再生させるために薪ストーブを作ってほしい』と依頼が入ったのです」と、開発を担当した西垣氏。
 ストーブ本体は、水道管などと比べて複雑な形状をしている。また、蓄熱するためには接合部をできる限りなくして気密性を高めなければいけない。「形が複雑になるほど中子の数が増えます。全ての中子が均一のクリアランスを保っていなければ製品強度が低下するため、非常に煩雑で細やかな作業が必要。これに現場が応えてくれました」。

 新たな燃焼システムの開発も必要だった。当時、日本で主に流通していた欧米製の薪ストーブは、広葉樹の燃焼には向いているが、杉やヒノキといった針葉樹では燃焼速度が速く、敬遠されがちであった。しかし、「日本で造る以上は日本の針葉樹を、とくに間伐材を燃料にできる仕組みを作り、森林保護につなげたかったのです」と高橋氏。たまたま鋳物製の薪ストーブを愛用していた社員も開発チームに引き込み、試行錯誤を繰り返したという。そして、クリーンな排気を実現する「クリーンバーン」方式と、不完全燃焼ガスを再燃焼させる触媒方式を併せた独自のハイブリッド構造を考案。2年の歳月をかけて最初の「AGNI−C」が生まれた。
 欧米のブランドが評価されていた発売当初は、国産のAGNIに否定的な意見も多かったという。しかし、一流の欧米品にも劣らず美しく燃える炎や、針葉樹をうまく燃焼させる仕組みに注目が集まり、国内外で高い評価を得ていった。

開発技術部の西垣氏。薪ストーブの開発は当初、会社の事業として認知されていなかったため、できる限り低予算で、工場の片隅を借りて試作を繰り返していたという。

鋳型に中子を組み合わせて嵌め込む。わずかにでもズレのある部分にはごく細い釘を差し込んで調整。

中子を挟むように上からも鋳型をかぶせる。上下でズレが生じないように、二人がかりで慎重にセット。

砥石で表面を削りバリを取る。デザインも重要な薪ストーブは、とくに丁寧な作業が求められる。

最後の組み立て工程。強く締めすぎると割れやすくなるため、微妙な力加減を加えながら手で締め上げて組み立てていく。

日本の暮らしに馴染む
AGNIーHUTTE

商品紹介
[サイズ(mm)]W330×D520×H640~660 [重量]140kg [連続燃焼時間]7時間 [最大容量]9kg [最大薪]長さ35cm [最大出力]7000kcal/h [燃焼効率]70% [煙突径]φ150㎜(6インチ)

 AGNIは、針葉樹でもゆっくりと燃焼し、少ない燃料で室内全体をじんわりとあたためる。デザインは、愛知県立芸術大学教授の水津功氏によるもの。2016年にリリースした「AGNI−HUTTE」は、日本家屋になじむコンパクトなサイズと、丸みを帯びた愛着の湧くデザインで、同年のグッドデザイン・ベスト100に選ばれた。西垣氏は「今後はヨーロッパへの輸出も視野に入れ、CEマーク(※)の認証取得の準備をしている」とさらに先を見据えている。

※EU加盟国の基準を満たすものに付けられる基準適合マーク。

鋳物ならではの美しい質感。丸みを帯びたデザインに愛着が湧いてくる。

「Made IN GIFU」のメダルがアクセントに。描かれているのは岐阜の県花であるれんげ草。

スマートな足元は、140kgの筐体をしっかりとを支える。

あたたかみを感じる丸い取っ手。ブナの木を材料に、飛騨の木工所で加工されている。

炉内や、グリドルが配置された天板、ウォーミングシェルフで調理や保温が可能。

表面のスリットを入れることで、表面積が大きくなり放射熱を増やすことができる。

取材協力 /

株式会社 岡本
TEL.058-271-7251
岐阜県岐阜市畷町5番地
https://www.nbk-okamoto.co.jp

【 AGNI専用HP 】
http://www.nbk-okamoto.co.jp/agni/