巻頭特集

住まいと暮らしのストーリー

良質な食・眠・遊

「食べること」「眠ること」「遊ぶこと」を心から喜べたならそれ以外で多少嫌な思いをしても、トータルで見れば幸せだ。なぜなら、そこに人の営みの半分以上があるのだから。さらにその喜びが、家や家族と共にあったならその幸せは最上級ではないだろうか。今回は、心を整えることで『食・眠・遊』を充実させるヨガと空間を整えることで『食・眠・遊』を充実させる建築の両方から考えてみようと思う。


 ヨガ講師 珠数 孝さんに学ぶ 
食・眠・遊

みなさんは、どれだけ『食・眠・遊』を大切にできているだろうか。仕事やお金、時間などに追われ、結果的に、何となくカロリーを摂取し、うさばらしやつきあいで遊び、夜になったら自動的に布団に入るという人も少なくないだろう。
しかし、仕事もお金も、本来は「おいしく食べて、楽しく遊んで、ぐっすり眠る」ためのものであり、裏を返せば、日々の「食・眠・遊」を心から喜べたなら、1日の半分以上は幸せな時間となり、ほぼほぼ目標達成できているとも言える。
そこで今回は、ヨガを通して、毎日を楽しく気持ちよく暮らすための方法を発信している『生活ヨガ研究所』の珠数さんにお話をうかがった。

Q そもそもヨガとは?
「ヨガには、さまざまな流派があるので一概には言えませんが、おそらく現在普及しているヨガの多くは、紀元5世紀頃に書かれたヨーガスートラにある『ヨガとは心の作用を滅すること』という定義が、源になっていると思います。つまり、ヨガは体操ではなく、心を制御し整える取り組みだということです」。

Q 珠数さんがヨガを通して伝えたいことは?
「人生や暮らしを楽にする方法。日々、充実感を持ち、暮らすことに喜びを感じられるようになることです。そして、それには心の持ち様が大きく作用します。だから、心をコントロールし、整えられるようお伝えしています。
例えば、同じ出来事が起こっても、笑って乗り越えられる人と、ひたすらネガティブに落ちていく人がいますよね。この違いは、心の反応のクセによるものです。整えられれば心のダメージは少なくて済むので、生きるのが楽になります。
『食・眠・遊』も、何を食べるか、どんなベッドで眠るか以前に、心の持ち様が大切だと思います。どんなに素晴らしいお料理も、どんなに優れたベッドで眠っても、それを受け止める心が整っていなければ喜びにはつながりません」。

Q どうすれば、心を整え、食・眠・遊を充実させることができるのでしょう?
「感じる力、感覚を鍛えることです。人は、物も事も全て、自分の感覚を通して受け取ります。おいしいと思うことも、不愉快だという感情も、自分の感覚によって生まれるもの。しかしながら、日々忙しい現代人は、自分の感覚、体に何が起こっているかを正しく受け止められていません。
例えば、おいしいからと言って食べすぎれば、気持ち悪くなります。これは、自分の感覚を正しく認識できていない状態。正しく認識し、心を制御できれば、自分に合った食べ物を適正量食べることができ、体が喜び、幸せを感じることができます。感情についても同じこと。嫌な思いをした時、相手を攻める前に、自分の感覚に何が起こったのかを理解できれば、心のダメージは軽くなります。
気をつけていただきたいのは、喜ぶということと、快楽とは同じではないということ。快楽を追い続けることは、アンコントロールな状態。体や心が喜ぶどころか壊れてしまうことすらあります」。

チャイを煮出している様子。毎年訪れるインドで飲むチャイに惚れ込み、再現したいと日々試行錯誤しているのだそう。

Q 感覚を鍛えるには?
「今、または、さっき、あるいは今日、自分がどう感じたのかを振り返ることです。これをヨガの世界では『瞑想』と言います。香り、味、食感、気分など、体に起こった小さなひとつひとつをなおざりにせず、丁寧に認識することで感覚は研ぎ澄まされていきます。
まずは、一日の終わりに、ほんの数分、静かに自分の体にある感覚を見つめてみてください。身体の声を聴くというと大げさかもしれませんが、不要な緊張やこわばりが残っていると眠りの質も低下してしまいます。また、身体感覚への意識を高めることで、思考による緊張を和らげることにもつながります」。

Q 珠数さんにとって良質な『食・眠・遊』とは
「良質かどうかは分かりませんが、喜びを感じる度合いが高いのは、おにぎりを握っている時とか、チャイを淹れている時ですね。作るたびに違うのでおもしろくて、感覚が研ぎ澄まされ、嬉しくてたまりません。
眠りにこだわりはありませんが、先ほどお話したように、1日を振り返って消化してから眠ることですね。
遊びは、不思議なものを観察して不思議だなぁと思っている時ですね。私は、植物や虫が好きで、〝人間はこんな形をしているのに君はなぜそんな形なの??などと、答えのない謎に向き合っている時が最高に楽しい。調べれば、何らかの答えはあるのでしょうが、答えは求めていません。不思議に思っている時が、一番遊んでいる時だと思います」。


PROFILE

珠数 孝

「生活ヨガ研究所」主宰。ヨガインストラクター。樹木医。ヨガ指導者の両親を持ち、子どもの頃からヨガに触れて育つ。サラリーマンとして暮らした経験から、現代人が持つストレスや困難の緩和、誰もが生き生きと暮らせるための心身づくりを目指しヨガを指導している。

生活ヨガ研究所 http://seikatuyoga.com

〒540-0031 
大阪市中央区北浜東1-29北浜ビル2号館7F
tel:06-6949-3553 
e-mail : info@seikatuyoga.com

※オンラインによるヨガクラス定期開催中
 お申し込みはホームページより


 建築家 島田陽さんのおおらかで、楽しい家に学ぶ
食・眠・遊

北野町の住居2
神戸市北野町の斜面に建つ島田陽さんの建築設計事務所『タトアーキテクツ』兼自邸。左右の建物を吹き抜けの階段ルームが貫き、トップライトから光が降り注いでいる。3階のダイニングキッチンからは、神戸の町が一望でき、海から山へ、山から海へ流れる風が通り抜ける。事務所名の「タト」は、漢字の「外」にも読めることから1つの字形が2つの意味を持つことに魅力を感じて名付けたそう。

『緩急』と『曖昧』が共存する住まい

急な坂道を息を切らせながら登った先に島田さんの事務所はあった。梅雨の湿気も手伝って汗だくになっている私たちを見て、島田さんが窓を全開にしてくれた。すると、先ほどまで心地よく小じんまりとしていた部屋が、突如、オープンエアーの展望台のような空間へと一変。風と光が通り抜け?外にいるのだけれど、屋根のおかげで雨には濡れない?といった印象だ。思わず「うわーっ」と声が出てしまう。この発見やワクワクこそ、島田作品の魅力だ。

今回、取材を進める中でその魅力を生み出す仕掛けの一端として感じたのが『緩急』と『曖昧』。例えば、先ほどのような『密から開放への緩急』そして、『外なのか内なのかの曖昧』。他にも『光の明暗の緩急』『木などの温もりある素材からスチールなどシャープな素材への緩急』。そして、『部屋の境目の曖昧』『敷地の境目の曖昧』『住居なのか公の場なのかの曖昧』などがある。意味を考えると『緩急』と『曖昧』は対照的な言葉だ。しかしながら島田さんがつくる家は、この両方が共存することで発見やワクワク、そして心地よさを生み出しているように思う。今回のテーマ『食・眠・遊』について、この島田ギミックがどのように作用しているかをうかがった。

島田さんは建物を建てることで環境が良くなることを大切にしており、右の住居では敷地の境目をオープンにすることで、細い私道を明るく通りやすい道に。  ©Shinkenchiku_sha

 

島田作品の多くにはバスコートがあり、バスルームが外部と通じている。  ©Shinkenchiku_sha

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©Shinkenchiku_sha

園部の住居
半透過のポリカーボネイトで囲われた半外部空間が印象的な住居。室内は、蛇腹に折りたたまれたように仕切られており、それぞれ天井の高さや光の入り方を違えることで、薄暗くこもった親密な空間と明るく開放的な空間がリズムよく並んでいる。

©Yohei Sasakura

 

©Yosuke Ohtake

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©Shinkenchiku_sha

彦根の住居
個人邸とは思えない外観の住居。全面に規則正しく並んだ窓はさまざま角度からの光を取り込むことができる一方、死角も多く、外からの視線をほどよく遮りながら、景色をおもしろく切り取ってくれている。

©Shinkenchiku_sha



良質な食とは、家族と共有できる時間のこと

©Shinkenchiku_sha

【食】
壁・ドア・収納のない家
『宮本町の住居』

バスルーバスルーム以外、ドアも壁もないので、キッチンからの呼びかけや料理の香りが家中に伝わる家。ステップフロアで細かく14のフロアに分かれており、一段上のフロアは一段下のフロアの棚にもなり、ステップはベンチにもなる。

食と言えばダイニングとキッチン。島田さん曰く「一緒に居ても、スマホなどでそれぞれがそれぞれの時間を楽しむようになった今、リビングは家族団欒の場とは言えません。目を見て会話できるのは、食事の時くらい。ダイニングこそ団欒の場であり、家の中心ではないでしょうか。キッチンについては、多くの施主様が、そこに居ながら家全体を把握したいとおっしゃいます。だから、ほとんどの場合、オープンキッチンをご提案しています」。
島田さんのつくる家には、壁やドアなどの仕切りが少ない。これが『部屋の境目の曖昧』を感じさせているのだ。『宮本町の住居』などは、ほぼ全てがオープンにつながっており、開放感や空間使いの自由度を高めている。しかし、それだけではない。家族が目を見て話す機会が減った今、空間をオープンにつなぐことは、調理の音や料理の香りで暮らしを共有することができるという最大の魅力を持っている。

©Yohei Sasakura

【食】
光の緩急で親密さと温もりを
『園部の住居』

リビングが明るく開放的なのに対し、左のダイニングは天井を低く設えることで、やや薄暗く親密な印象。家族が落ち着いて向き合える温もりある空間となっている。

©Ken'ichi Suzuki

【食】
半地下が生み出す視界
『山崎町の住居』

70cm程度掘り下げ半地下にすることで、ダイニングキッチンから見える景色が一変。目の高さにハーブ園が広がっている。



あまり注目されないからこそ大切な、
良質な眠りをつくる建築家のアイデア

©Satoshi_Shigeta

【眠】
素材の温もりに包まれたベッドルーム
『北野町の住居』

天地側面全てを桐で囲まれたベッドルーム。素材の温もりとほどよい暗さが心地よい。ランダムに開かれた窓からは、空が抜けて見えるよう設計されている。

意外にも、ベッドルームにこだわる施主は少なく、限られた空間の陣取り合戦では、最後に残った場所に収められることも多いそうだ。しかしながらトイレやバスルームに次いでプライベート性が高く、快眠のためには光や湿度のコントロールが重要となるので、窓の大きさや方角など、デリケートな一面もある。さらに、島田さんがおもしろいことを教えてくれた。
「ベッドルームは、子どもが小さなうちは家族みんなで眠れる広さが必要ですが、成長に伴って小さく切り分けられていく傾向があります。最初からそれを想定して設えておくのもひとつです」。実際に『彦根の住居』では広いベッドルームに3枚のドアが設置されている。これは将来この部屋を3つに仕切ることを想定してのことだ。陣取り合戦の残り物だからこそ、さまざまな配慮が必要となるのがベッドルームだ。

©Shinkenchiku_sha

【眠】
ドアが3つあるベッドルーム
『彦根の住居』

家族の変化に伴って部屋を3つに仕切れるようドアが設えられたベッドルーム。

©Shinkenchiku_sha

【眠】
ドアのないベッドルーム
『彦根の住居』

ドアや壁で仕切りたくないとの要望から、プライバシーを守るためベッドルームは最上階に。



遊びの場こそ、新たなリビング

©Daici Ano

【遊】
ボードゲームの部屋
『灘の住居』

ご主人のボードゲームのコレクションが並ぶ部屋。家族や仲間と一緒にプレイする場所もある。

 島田さんがつくる家では、暮らすこと自体が遊びの要素を含んでいる。大小さまざまな仕掛けによって、日々発見があるようにできているからだ。特に、遊ぶ能力に長けた子ども達なら、いくらでも楽しめることだろう。しかし、大人はそうもいかない。遊びに趣味趣向があるからだ。
「アウトドアを趣味にしている方には、半外部空間が遊び場になります。道具の置き場になったり、手入れを楽しむ場になったり。『川西の住居』では、ご主人の趣味が車だったので、ガレージの横に車いじりのためのスペースをつくりました。 『灘の住居』では、ボードゲームの部屋をつくりました。コレクションを並べたり、実際にゲームを楽しんだりする部屋です。ダイニングの横にあって、サブリビングのような空間となっています」。
スマホなどによって、それぞれがそれぞれの時間を楽しむようになった今、家において家族が目を見てつながれるのが食事の時くらいなのは確かなことだ。しかし、遊びがあれば別ではないだろうか。島田さんの話にあったように、ボードゲームの部屋はサブリビング。家族でゲームを楽しむことができれば、この上ない団欒だし、アウトドアや車いじりも、子どもやパートナーと一緒に楽しめれば共有できるものが増え、ダイニングでの会話にもが花が咲くと言うものだ。
大人だからと、遊びを子どもに合わせる必要はない。遊びたい心は、大人も子どももそう変わらないのだとしたら、忙しい大人は自分の遊びに子どもを巻き込んではどうだろう。なぜなら、遊ぶ能力は、子どもの方がずっと高く、どんな大人の遊びにも楽しみを見出すことができるだろうから。 新たな団欒の場・リビングは、遊びにヒントが隠れているような気がする。

©Satoshi_Shigeta

【遊】
美しいワインセラー
『北野町の住居』

マジックミラーの背後に隠されたワインセラーは内部の照明を点けると姿を表す。

©Shinkenchiku_sha

【遊】
車いじりの半外部空間
『川西の住居』

©Shinkenchiku_sha

新しくて古い暮らし
島田さんのつくる家には、壁やドアが少なく、半外部空間が多い。斬新ではあるが、古い日本家屋の魅力を活かしているようにも見える。そもそも日本家屋の中に堅牢なドアはなく、建具と言えば、障子やふすまなど、仕切ることはできても、音やにおい、気配は漏れてしまうものだった。また、縁側や土間などの半外部空間が多く、他人も平気で入ることができたので公共性も曖昧。さらに、灯りが不十分だったので、暗がりも存在した。これらは『緩急』と『曖昧』をつくるものであり、島田さんのつくる家にも当てはまる。
戦後のしばらく、西洋に憧れ、ドアや壁でしっかりと仕切られたLDK型の住居が流行った。しかし、新しい形で知らず識らずのうちに従来の暮らしに戻ろうとしている人も少なくないということではないだろうか。 島田さんのつくる家は、そんな新しくて古い暮らし方の魅力を教えてくれているように思う。

©Shinkenchiku_sha

【遊】
全天候型の中庭
『月見山の住居』

キッチンガーデンでもあり、子どもの遊び場でもある中庭。屋外に見えるが、屋根があり天気に関係なく楽しめる。中庭の向こうに見えているのはバスルーム。


PROFILE

島田 陽

兵庫県神戸市生まれ。株式会社タトアーキテクツ代表。京都芸術大学客員教授。神戸大学・大阪市立大学等非常勤講師。主な受賞歴:第29回吉岡賞/第1回日本建築設計学会賞大賞/National Commendation,AIA National Architecture Awards/Dezeen Awards 2018 House of the Year著書に『日常の設計の日常』(LIXIL出版)

株式会社タトアーキテクツ

http://tat-o.com


〒650-0002
神戸市中央区北野町2-13-23
tel:078-891-6382 / fax:078-891-6620
e-mail : info@tat-o.com