巻頭特集

居心地のよい場所

ある語学サイトに、「日本語の“心地よい”と、“居心地がよい”は、何が違いますか?」と、イギリス人が投稿し、それに対し、一人の日本人が「心地よい can be used with music, temperature, breezes, etc. 居心地がいい can be used with rooms and relationships etc.」と回答していた。
改めて考えてみると、確かに“居心地がよい”は、人間関係にも使われる。例えば、「家の居心地が悪い」と聞いたら、「家族関係がうまくいっていないのだろうか」と想像する確率は、かなり高い。それも含めて、家は“居心地のよい場所”でありますように。

幸せの国から来たHygge(ヒュッゲ)

 数年前から耳にするようになった『Hygge(ヒュッゲ)』という言葉。今やオックスフォード英語辞典にも追加され、そのムーブメントは世界的にも広がりを見せている。
 『Hygge』はデンマークの言葉で、「居心地の良さで幸せを感じること」。日本語に相当する単語はなく、居心地や幸せは人それぞれなので解釈にもばらつきがあるが、「ヒュッゲ」は、スローで、穏やかで、安らぎを感じることに違いはない。例えば、お気に入りのソファーに座ってゆっくりとコーヒーを飲むことだったり、ポカポカ陽気に家族とのんびり公園を散歩している時だったり。

小菅邸前に広がる公園。夏ともなると、日向ぼっこを楽しむ人々で賑わう。

 つまり「ヒュッゲ」は特別なことでなく、日本にも昔から日常的にあった、ささやかで温かな時間や感情のこと。しかし、その大切さを意識してこなかった結果、失いつつあるささやかな幸せを、「ヒュッゲ」という言葉を通して見つめ直そうとしているのではないだろうか。
 毎年、国連が発表している「世界幸福度ランキング」2019年版で、日本は過去最低の58位となった。一方上位は、1位フィンランド 2位デンマーク 3位ノルウェー、常連の北欧諸国が並んでいる。そこで今回は、「居心地のよい場所」について、幸せの国から来たヒュッゲに学ぼうと思う。

習慣という呪縛

 ヘルシンキから電車で約1時間半、森と湖に囲まれたフィンランド第二の都市タンペレ。3年前、小菅さんは会社を辞め、家族と共にこの町へ移り住み、現在は「ヒュッゲ、暮らしの伝言」というサイトを通して、北欧で感じた幸せのヒントを発信している。だが、以前は、それとは縁遠い生活をしていたそうだ。

タンペレは、湖の水力発を糧に栄えた工業都市。

 当時、東京で外資系インターネット企業に勤めていた小菅さんは、毎日仕事漬けで帰りが遅く、通勤にかかる1時間ほどを睡眠に当てるため、会社に泊まることもしばしばあった。
 ある日、いつものように、カバンに着替えを詰めて会社へ行こうとした時、夫人が悲しそうな顔で聞いた。「フィンランド人の私にとって、あなたのその行為がどれほど奇異に見えるか分かる?」。この言葉に、「このままじゃ、子どものかわいい盛りを見ることもなく、家族がバラバラになってしまう」と気付かされた小菅さんは、会社を辞めてしばらく家族とゆっくり過ごそうと考えた。その時、思い浮かんだのが、何度か訪れたこと のあった夫人の故郷での光景。お母さんが笑顔で出してくれる手作りのブルーベリーパイや、風が木々を揺らす音に耳を傾けながら過ごす穏やかな時間。こうしてフィンランドへの移住を決めた。しかし、暮らし始めてみると、戸惑うこともあったそうだ。

フィンランドの夏の風物詩。森で摘んだブルーベリー でつくるブルーベリーパイ。

 「まず、何もしないことに慣れるのに時間がかかりました。忙しいのが当たり前でしたから、仕事がないことが手持ち無沙汰で、うまくのんびりできないんです。でも、フィンランド語の講座に通ったり、起業セミナーに参加したりしているうちに友達ができて、話を聞いてみると、育児休暇中の人や、学校に行くために会社を辞めた人、ただのんびりしている人などがたくさんいて…。彼らと過ごすうちに、ようやく〝僕ものんびりしていいんだ?と思えるようになりました」。
 現代の日本人が心底のんびりするのは意外と難しい。たとえ体を休めていても、スマホひとつで、心も頭も大忙しになってしまうのだから。

寛容が寛容を育む

 3年経った今、小菅さんは起業し、忙しい日々を送っている。しかし、会社員時代の忙しさとは大きく違う。朝8時に子ども達を保育園へ送り、夕方4時に迎えに行くルーティンの合間に仕事をしているそうだ。
 「仕事の時間が限られているので、集中はせざるを得ませんが、以前のように追い詰めらた気持ちにはなりません。
 日本は何につけ要求度合いが高いでしょう?例えば、レストランで料理が出てくるのが遅かったら、怒りだすお客様もいるだろうし、電車が 30 秒遅れただけで大ごとになる。クォリティが高いことは悪いことではありませんが、行き過ぎると、求められた方も相手に要求し始めるので、ストレスの連鎖が生まれ、ピリピリしてきます。
 その点、フィンランド人は『ミスは誰にでもあるもの』と思っていますから、誰かがミスをしても『謝れ!』みたいなことはなくて、すぐに『じゃあ、どうする?』って話になります。料理がなかなか出てこないことなんて、笑い話にすらなりません。
 このように、周囲が寛容なおかげで私もかなり柔和になりました。だから、仕事でストレスを感じることも、夫婦喧嘩も、うんと減りましたね」。
 フィンランドへの移住のきっかけとなった夫人の言葉「?あなたのその行為がどれほど奇異に見えるか?」が、「悲しい」でも「嫌だ」でもなく、「奇異に見える」だったことに合点がいく気がする。

頭を空にする時間

 小菅さんは、「ヒュッゲ、暮らしの伝言」というサイトで、自分が体験、または見聞きしたさまざまなヒュッゲを伝えている。
 「ヒュッゲはデンマークの言葉ですが、北欧全体に似た感覚は定着していて、私も日々の暮らしの中でヒュッゲを感じています。何をするでもなく、心地よい雰囲気に包まれて過ごす習慣は、ささやかな幸せに気づかせてくれるので、ぜひみなさんにも試していただきたい。
 まずは、無理にでも頭を空にする時間をつくることです。例えば、窓辺にキャンドルを置いて何も考えずに炎を見つめてみるとか、目的を持たずにのんびりと森を歩いてみるとか。
 そういう私も、まだまだ忙しさに気を取られてしまいがちであたふたしていると、妻が『それって本当に今すぐやらなければならないの?まずは、コーヒーでも飲みましょうよ』と声をかけてくれます。これも頭をリセットするひとつの方法です」。
 フィンランドには、幸福度のほかにも、世界1位のことがある。ひとつは、ヒュッゲには欠かせないキャンドルの消費量。そしてもうひとつは、世界で唯一、パパがママよりも子どもといる時間が長い国だということ。幸せのヒントは、ここにも隠れていそうだ。

Hygge
サウナ
薄暗く、スマホを持ち込めないサウナは、頭を空っぽにするのに最適。友達と入ったり、家族と入ったり、ここでは普段できない話もできてしまう。

Hygge
ベリー摘み
森でのベリー摘みは、夏ならではのヒュッゲ。ラズベリー、ブルーベリー、アカフサスグリ、グリーンベリー。このまま食べたり、パイにしたり…。食べる時間もヒュッゲなひととき。

Hygge
森の散歩
鳥の声や風の音、草木や土の香りを感じながらの散歩は、心も体もリセットしてくれる。

Hygge
焚き火とソーセージ
12月に入ると、昼の3時過ぎには真っ暗になってしまう。長い夜の楽しみは、家族で焚き火を囲んでソーセージを焼いて食べること。薪の香りと炎のゆらぎに癒される。

PROFILE
小菅 祥之さん
フィンランド人の妻と、1歳と5歳の子どもをもつ。外資系インターネット企業で、事業開発やマーケ ティングなど、さまざまな分野で活躍後、2016年にフィンランドタンペレ市へ移住。「北欧から幸せ をとどける」を軸に複数の事業を展開。インターネットサイト「ヒュッゲ、暮らしの伝言」もその一つ。
「ヒュッゲ、暮らしの伝言」https://www.hyggelife.jp

一息ついてコーヒーを
休息する家

 群馬県の交通の要所、高崎市。この町の静かな住宅街にビューエル邸はある。眩しいほどの白い壁に切妻屋根のシンプルな外観が、一際目を引く。

 この家が竣工したのは、昨年9月。北欧のライフスタイルに精通したビューエルさんの集大成とも言える自宅だ。
 鮮やかな青い扉を開けると、屋根全面が見える大きな吹き抜けの開放的な空間が広がっている。「ここがポイントなの」と、ビューエルさんに促された方へ目をやると、心地好さそうなベンチが、淡いピンクのカーテンの向こうから顔を出していた。

 「ヌックと言って、寝転がって本を読んだり、昼寝をしたりするスペースです。休むことをテーマに建てた家ですから、ここが一番、この家を言い得ている場所ですね」。
 ワークライフデザイナーでもあるビューエルさんは、北欧の暮らしを紹介する中で、休むことの大切さについても強く語っており、この家はその思いを体現したものなのだ。

ストレスの恐ろしさ

 休むことの大切さを発信しているビューエルさんだが、当の本人は休むのが大の苦手。放っておくと、いつまでも仕事をしてしまうそうだ。しかし、ある時、驚くような体験をし、それ以来、無理にでも休もうと考えるようになったと言う。
 「14年ほど前のことです。仕事が尋常でない忙しさで、無理に無理を重ねていたら、見兼ねた娘が、『お母さん、このままじゃ死んじゃうよ』って…。そこで、娘からの提案で、休みをとって、西表島へ、ひとりでリセット旅へ行くことを決めたんです。
 ところが、丁度その時、顎のあたりが腫れて痛くて、大学病院で診察を受けたところ、顎がんの恐れがあるとのことで、検査とリセット旅がダブルブッキングしてしまいました。普通なら、検査を優先するのでしょう。でも、軽く考えていた私は、リセット旅を優先したんです。
 西表島では、いろんなアクティビティに挑戦しました。カヌー、キャニオニング、乗馬…。普段は、ケガをすると、仕事に支障がでるので、そういうことは封印していたものですから、あまりに楽しくて、我を忘れて遊びました。すると、帰る頃には、顎の腫れも痛みも消えていたんです。病院へ行ったら、先生も驚いていました。何より、担当の看護師さんが、『本当によかった!』と泣いて喜んでくださったんです。そこで初めて、いかに深刻な状態だったのかに気付かされ、改めて『ストレスは、人の命を脅かしかねないんだな』と考えさせられました。
 それに、会社のみんなも、私が優しくなったと喜んでいました。根を詰めていた時は、人を気遣う余裕がなくて、かなりきつく当たっていたようです。
 それ以来、無理にでも休むようにしています」。

ビューエルさんのプライベートチェア。ここだけを照らすスタンドライトと、足元には肌触りの良いラグが敷かれている。

 ビューエルさんには、無理にでも休むためのリマインダーがある。1つは、金曜日に自宅に花が届くこと。これは、明日から休みだと告げてくれると共に、花を生けながらプライベートモードに切り替えるためのスイッチだ。他にも、家へ帰ったら、まず、ワインを飲んで一息つく。これは、家事をしながら仕事のことを考えないための、お家モードへの切り替えスイッチだそうだ。

プライベートチェアからの景色。天井の最頂部まで伸びる御柱と、アイアンの柵に並んだリズミカルなガラスのボール、そして、天窓から覗く空。

安らぐひととき

 ビューエルさんと北欧のつながりは、約 20 年。その間、何度も北欧各国を訪れ、滞在し、親しくなった友人達と、さまざまな時間を過ごす中で、幾度となくヒュッゲを感じてきたそうだ。

スウェーデンで生まれ、北欧全土に広がった休息文化「フィーカ」。スウェーデン語のコーヒー「kaffi(カフィ)」を逆から読んで「fika(フィーカ)」となったとか。甘いお菓子をお供に、どうでもいい話をしながらコーヒーを飲むリセットタイム。

 「北欧の暮らしのベースにあるのは、日照時間3時間程度の、暗く厳しい冬。家にこもっている時間が長く、孤独にもなりがちなので、人とのつながりや温もりを大切にするんだと思います。
 デンマークの友人に招かれて彼の別荘へ行った時のことです。
 例えば、アメリカだったら、美味しい料理やお酒を振る舞うとか、バーベキューの準備をしておくとかするでしょう?
 ところが、その時にしたのは、りんごジュースづくり。採れたてのりんごを大きな桶に入れて、人力で絞り出し、密閉容器に入れて冬に備えるんです。それを、招かれたみんなで、どうでもいい話をしながらするんですよ。最初は理解できませんでしたが、気付くと、とても心地よくて『あぁ、これがヒュッゲか』と思いました。暮らしに根ざした共同作業を一緒にすることで、建前のない関係を感じることができるんだと思います。
 また、翌日はみんなで、日光浴です。何をするでもなく、ただ太陽の温もりを感じながら、耳元を通り過ぎる風の音を聞いていると、日常で溜まった澱がスーッと消えていきました。
 日常的にこんなことはできませんが、ささやかな安らぎでもストレスを減らすことはできます。
 例えば、忙しい時こそ少し手を止めて、ゆっくりコーヒーを飲むとか、草木の手入れをしてみたり、花を生けてみたり。キャンドルの灯を眺めながらワインを飲むのもいいし、ただ空を見上げて星空を堪能するのもいい」。

ヒュッゲにキャンドルのあかりは必須。照明は基本的に暗めに、間接照明で。あかりが必要な場所には、ペンダントラ イトやスタンドライトを置く。

草木の手入れをしたり、切花を生けたりする 時間は、自然と頭が空っぽになってリフレッ シュできる。

 ビューエル邸には、安らぎの時間を支えるさまざまな仕掛けがある。例えば、座り心地の良いプライベートチェアがあって、座ると大好きなオブジェと空が見えるようになっている。
 部屋全体を変えるのは難しくても、ビューエルさんに倣って、お気に入りの椅子とキャンドル、目線の先に大好きな絵やオブジェを置くくらいはできるのではないだろうか。

バスタイムは、絶好のリセットスイッチ。大好きなマーメイドグッズを並べて、悦を満喫。入浴中は、アロマキャンドルで癒しの香りを漂わせる。

PROFILE
芳子ビューエルさん
株式会社アペックス取締役社長/北欧流ワークライフデザイナー。カナダ人の夫と2人の子どもをもつ。JETROから派遣されたのをきっかけに、北欧の寝具や雑貨を輸入販売。群馬県高崎市では、ヒュッゲをテーマにしたカフェ&インテリアショップも経営している。著書多数


BOOKS

fika(フィーカ)
世界一幸せな北欧の休み方・働き方

キラジェンヌ株式会社 1,600円(税別)

スウェーデンのコーヒーブレーク「フィ ーカ」をヒントに、休み方と働き方、心 地よい日常の過ごし方を考える一冊。

世界一幸せな国、
北欧デンマークの シンプルで豊かな暮らし

大和書房 1,400円(税別

「ヒュッゲ」の国デンマークに学ぶ、 幸せのための実践や、家の整え方を 著者の経験を交えてまとめた一冊。

料理好き夫婦の、ヒュッゲのある暮らし

もっとわがままに

 練馬駅から歩いて約 5 分。小規模な飲食店やショップ、コンビニなどが所狭しと立ち並ぶ、程よく賑やかな場所に香川邸はある。バルコニーの鉄柵やエントランスのタイルなどに昭和の面影を残す築 43 年のヴィンテージマンションだ。夫妻がここをリノベーションして住み始めたのは約1年前のこと。それは同時に、ご主人の智彦さんが長く勤めた会社を辞め、再スタートを切ったタイミングでもあった。
 「5年くらい前ですが、難病を患って、思うように動けなくなったことがあったんです。治るには治ったのですが、その後も治療の副作用で、完全に元には戻れなくて…。その時に思いました。『もっとわがままにならないと人生がもったいない。自分の時間を、自分が大切だと思うことのためだけに使いたい』と。
 もともと、私たち夫婦には、ぼんやりと共通の価値観があって、たらればの話はよくしていました。それを言語化し、形にしたのが今の暮らしです」。
 淀みなく話すご主人の言葉のキレの良さから、いかに今が充実しているかがうかがえる。

暮らしを叶える
ダイニングテーブル

 香川邸の玄関を入ると、真っ先に目に飛び込んでくるのが、幅2 m は優に超えていそうな大きなダイニングテーブル。このテーブルこそ、彼らが思い描いた暮らしの象徴だ。

家族の食卓であり、子ども達の勉強机であり、ご主人の書斎でもある大きなダイニングテーブルは、幸せの立役者。子ども達がお絵かきをしている横でご主人が仕事をし、奥様が料理の下ごしらえをすることもできる。

 「もともと、僕も妻も料理が趣味で、友人を招いて美味しいものを振舞いながらワイワイするのが好きでしたから、リノベーションに当たっては、人が集える家にすることは必須でした。このダイニングテーブルは、搬入できる最大の大きさのものを建築家さんが用意してくれたんです。キッチンも夫婦二人で立てるよう広めに設計してもらって、こだわりのガスオーブンも入れてもらいました。おかげで、キッチンに立つのが嬉しくて、毎週のように友人やその家族とワイワイやっています。

普段は子ども達の落書きに使われることが多い黒板だが、パーティ時には、メニューボードになったり、奥様のワークショップ時には、教室の黒板になったりする。

 こんな暮らしのイメージを建築家さんにうまく伝えたくて思い当たったのが『ヒュッゲ』という言葉です。おかげで想像以上に仕上げていただけました」。
 この大きなテーブルが活躍するのは、友人達を招いた時だけではない。妻の裕美さんが発酵食品のワークショップを開く時、子ども達の勉強机として、智彦さんの書斎として、また、仕事のアイデアや新たな事業がここで生まれることもある。この空間は、遊びから仕事まで、子どもから大人まで、垣根のない役割を果たしており、香川夫妻が望んだのもまた『自分たちが大切にしたいこと』を軸としたボーダレスな暮らしだったに違いない。

居心地を使い分ける

 香川邸の印象を一言で表すなら『気持ちがいい』という言葉がしっくりとくる。部屋を仕切らず、床全面に無垢材を敷き詰めることで広がりを感じ、角部屋ならではの採光と相まって、かなり開放的だ。

 「無垢材の床が本当に気持ちよくて、子ども達もよくゴロゴロと転がっています。私たちは二人とも、革やデニムなど、経年で深みを増す素材が好きなので、この床も傷やシミが表情に変わっていくだろうと楽しみにしています。

気持ち良さそうに無垢材の床に転がる子ども達。

夫妻が経年変化を楽しみながら大切にしているもの。特に革製品には、思い出がたくさん詰まっている。

 間取りについては、できるだけ仕切らず、空間を面で使って欲しいとお願いしましたが、中心を通る壁は、構造上取り払えないので、建築家さんの提案で、この壁と梁を活かして、天井を木板、コンクリート、クロスに張り分け、緩やかにエリア分けしました。それが不思議と、それぞれに居心地が少しずつ違って面白いんですよ。だから、気分によって使い分けています」。
 テレビのある北東角のエリアは、木板の天井に間接照明が配置され、落ち着いた雰囲気。ダイニングとキッチンのエリアは躯体のコンクリートむき出しの天井で、クラフト感のあるアクティブな雰囲気。寝室でもある畳敷きの小上がりのあるエリアは、白いクロスの天井で、シンプルな雰囲気。それぞれの空間は、用途で使い分けられるのではなく、気分で使い分けられている。

黄色い壁のバスルームは、一日の始まりと終わりに気分を上げてくれる。

クロス張りの天井の遊び場エリア。畳敷きの小上がりは、一家の寝室でもある。

ダイニングの天井は、コンクリートむき出しでクラフト感があり、アクティブな印象。

北東角のエリアは、板張りの天井で一段落し、間接照明を仕込んで落ち着いた雰囲気。

営みの中のヒュッゲ

 ヒュッゲは感じるものなので、定石があるわけではない。その人にとっての居心地や温もり、幸せといった、それぞれの価値観に委ねられたものだ。ただ、日常の営みの中にあるもので、スローで穏やかで安らぐことには違いない。そのことを、妻の裕美さんが語ってくれた。
 「以前は料理を、面倒で大層なことだと思っていたので、苦手意識があったのですが、夫の病気や子どもが生まれたことをきっかけに学び直したら、どんどん面白くなって、気づいたら大好きになっていました。手が混んでいるから美味しいわけではなく、無理しなくても美味しいものはできると気付いて、日々の暮らしに取り入れたら、ヒュッゲな時間が増えたんです。
 例えば、材料を混ぜて焼いて30 分もかからずできるお菓子を囲んで、子ども達とお茶パーティーをしている時間は、温かくて幸せなひとときです。もちろん、買ってきたお菓子でもいいのですが、私がつくったものを美味しいと言ってくれたら、幸せは倍増します。
 もっと言えば、振舞っている時だけでなく、料理をしている時や、手伝ってもらって一緒につくっている時も、私にとってはヒュッゲな時間。ポイントは、無理しないこと。自分のペースで、できる範囲で。

夫婦でキッチンに立つヒュッゲなひととき。
ヒュッゲは、特別なことではなく、日常の営みの中にあるもの。家族みんなで料理をしたり、味噌を仕込んだり、一緒に何かしながら過ごす時間は、ヒュッゲなひととき。

 我が家では、子どもが産まれると梅酒をつけるのですが、その熟成を見る度に、成長を感じて嬉しくなるし、 20 歳を迎えて一緒に飲める日を想像したら、嬉しくてたまりません。梅酒を仕込みながらそんなことを考えている時間も、ヒュッゲではないでしょうか」。
 香川家のキッチン収納は、フルオープンだ。理由を聞くと、全て吟味して購入し、メンテナンスしながら大切に使ってきた大好きな道具だから、見えていることが嬉しいのだそう。
 どうやらヒュッゲは、日常の営みにかかる『てまひま』の中にも隠れているようだ。

キッチンは基本的に見える収納。気に入って購入し、長年使い込んだ道具は 見ていて嬉しくなるものばかり。

味噌や梅酒など、自家製の発酵食品。子どもが生まれる度に仕込んできた梅酒は、子ども達が大人になるまで封印。

料理好きの夫妻が大切に使い込んできた道具たち。中には、実家から持ってきた30年選手もある。

PROFILE
香川智彦・裕美夫妻
3人の子どもをもつ夫妻。夫の智彦さんは、経営コンサルタントを経て起業。独自の教育プログラムを広めるかたわら、写真を用いたルワンダのシングルマザー支援プログラムなどの社会貢献事業も行なっている。夫婦共に料理好きで、裕美さんは、会社勤めのかたわら、自宅で発酵食品のワークショップを開催している。

取材・写真協力
ヒュッゲをテーマに香川邸をリノベーションした『てまひま不動産』
http://www.livlan.com/temahima/