巻頭特集

五感を潤す家―Moisten The Five Senses

 ある子育て教室で料理家の女性が言っていた。「家の中にいいにおいを漂わせていたら、子どもは自然といい子に育ちますよ」。お母さんがつくる美味しい料理と、洗濯物や干した布団のお日さまのにおいや肌触り。五感が喜ぶ環境があれば、子どもは家が大好きになり、心も健やかになるという話だ。
 それに対し、以前に話題になった「奴らはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ」という名言がある。つまり、情報が五感を追い越してしまったというわけだ。これは食に限った話ではない。人気のミュージシャンだからという情報に影響されて音楽を好きになることも、最高の寝心地という口コミで高価な布団を買うことも、過剰な情報の中ではやむを得ないことだろう。
 だからこそ、意識して本当に自分が好きな色、音、味、香り、手触り、を感じられる環境をそばに置いておきたい。
 そこで今回は、自分の好きなものに正直に、独自の世界を繰り広げている二人のクリエイターにお話をうかがった。

【Episode .01】
デザイナー 玉木 新雌 tamaki niime

シンプルにまとめられた玉木さんの部屋。愛犬のリモちゃんに合わせて家具などが低めに設定されている。

自分が本当に良いと思うものを見つけるために、
まず頭の中を断捨離

 優しい肌触りとワクワクする色使い、年齢を問わず心地よく着こなせることで人気の『tamaki niime(タマキニイメ)』。ショールから始まったこのブランドは、洋服はもちろん、メガネやカバン、最近では音楽レーベルを立ち上げたり、体に優しい食の提案まで手がけている。この感性はどこから湧いてくるのか、代表でデザイナーの玉木新雌さんにうかがった。
 「卒業後、アパレルに就職が決まり、大好きな業界で働けることを楽しみにしていたのですが、夢もつかの間でした。先輩方は全く楽しそうではなくて、休日を拠り所に日々仕事をこなしている感じで…。こんなのおかしいと思いました。だって、一日の大半を仕事に費やすのに、それが楽しくないなんて、人生の無駄遣いでしょう?だったら、休日なんか無くても、仕事が楽しければその方が何倍も幸せだ!そう思って独立を選びました。
 ブランドを立ち上げるに当たっては、まず持っている服を全部捨てましたね。だって、既成のもので満足できるなら、新しいブランドを立ち上げる意味がないでしょう?既成概念を取り払って、自分が本当に良いと思えるものを見つけるためには、そうするべきだと思いました。
 とにかく世の中、情報が多すぎて、頭の中がいっぱいなんですよ。自分の中にある感性を呼び覚ますには、まず頭の中を断捨離しないと。

エネルギーを感じる色で溢れるtamakiniimeの店内。奥にはLabがあり、希望すれば見学することもできる。

 
 tamaki niimeブランドが鮮やかな色で溢れているのに対して、私の部屋には、モノも色もほとんどありません。無意識でしたが、その方が見えてくるものが多いからかもしれませんね」。
 感性を磨くために色々なものを見たり聞いたりするという話はよく聞く。しかし彼女は逆に「捨てる」と言う。トレンドやセオリーに流されることなく、ストイックなまでに自分に正直にあろうとする彼女らしい方法と言えるだろう。

tamaki niimeのShop&Lab。玉木さんが寝起きする部屋もこの中にある。

気持ちの良いものを求めて、 今、ここにいます

ながめる 青い空にさまざまな形の雲、遠くに見える山々や実りの季節を迎え色づいた田畑など、日々変化する自然のデザインが感性を潤してくれる。

 
 大阪で独立した玉木さんが、この地に生産から販売まで、全ての拠点を移したのは、10年前のことだそう。「洋服って、見た目も大事だけれど、一日中肌に触れているわけだから、着心地の方が大切だと思うんですよ。日に何回も鏡、見ないしね。だったら、とことん生地にはこだわりたい。そう思って、辿り着いたのが播州織だったんです。でも、播州織なら何でもいいと言うことではありません。今どきの量産用織機は高速で織るので、勢いで目が詰まって生地が硬くなるんです。
 それに対して、古い織機は、ゆっくり動く分、ふんわりと仕上がるから、肌触りがすごく良いんですよ。確かに、生産量が落ちてコストはかかりますけど、長く着てもらえたらいいかなと思って、あえて古い力織機を買って、自分たちで織ることにしました。

織機の横には、自社で染めた糸が並ぶ。

古い力織機は、もう交換パーツも手に入らないほどの希少品。

 
 もちろん、色も大切です。見た瞬間に引き寄せられるようなエネルギーのある色を出したくて、糸の染めも学んで、ようやく納得のいくモノに出会えました」。
 洋服を買う時、生地の質にこだわっている人がどれほどいるだろう。トレンドや値段の安さに流され、二の次になってしまってはいないだろうか。本当に好きなものを、自分の五感を使って選べているだろうか。

山があって、川が流れていて、田畑があって
自然相手が一番難しいから退屈しない

 玉木さんは、播州織に出会って西脇へやって来た。それなら生産工場だけをここに置けばいいものを、ショップやオフィス、自宅まで、この田舎に置き続ける理由は何なのだろう。
 「部屋がシンプルなことで見えてくるものが多いという話をしましたが、取り巻く豊かな自然は欠かせません。
 五感を潤す家と聞いて真っ先にイメージしたのは、山があって、川が流れていて、田畑があって、今日もお日さまが昇って、そこをリモちゃん(愛犬)と散歩している日常の私でした。

香る 夜露に湿った大地から沸き立つ土や緑の香りを浴びながらお散歩。

聴く 鳥の声で目覚め、川のせせらぎにリズムを刻む。

ふれる 毎朝、社員一同でヨガをするそう。着心地を追求したtamaki niimeスタイルなら、ヨガも無理なく。

 
 実際、ボーッと歩いているんですが、五感はフル稼働していて、色々なものを思い描くことができるんです。最も五感が潤う時間のような気がしますね。毎日同じことをしていても、自然は日々変化するし、人間に都合よく合わせてはくれないから、難しくて退屈する暇もありません」。
 仕事とプライベートに垣根のない玉木さんにとって、働く場と暮らす場は同じ。最高に五感を潤してくれる自然のそばこそ、職場であり、五感を潤す家ということだ。

五感を潤す力

 玉木さんの部屋は、Shop & Labの2階にあり、窓からは生産風景が一望できる。

自室の窓からLabを眺める玉木さん。

 
「播州織を代々家業にしてきた家では、住まいの横に工場があるのは普通のことです。それに、私にとって、仕事は一番の趣味ですから、仕事とプライベートに垣根はありません。だから、ここは私の家。tabe room(社員食堂)がリビングで社員は家族のようなもの。うちは、会社というより、コミュニティか、大家族といった感じですね。

社員との団欒風景。普段から自発的に意見交換ができるような環境が整えられている。

 
 だからお客様も、コミュニティに参加してくれる仲間のように迎えたくて、最近は色々と体験型のイベントを実施しています。毎週土日には、『腹ごしらえ会』と題して、体に優しいお料理を食べてもらったり、小さな音楽イベントを開いてみんなで盛り上がったり、自社で栽培しているコットン畑で収穫体験をしてもらったり。わざわざ遠くから、田舎に足を運んでくださるのだから、ここを感じてもらえるよう、子どもたち(スタッフ)に自由に企画・運営してもらっています。ほとんど文化祭のノリですね。

味わう 『腹ごしらえ会』にはヴィーガンを推奨している玉木さんらしく体に優しい料理が用意される。※この日は、自家栽培の野菜や小麦など、厳選された材料を使ったお菓子で知られる『ル・フルーヴ』さんのワンプレートランチが提供されていた。

tamaki niimeのコットン畑。Shop&Labから歩いて数分のところにあり、秋には収穫体験イベントが開催される。

 
 大家族や田舎のコミュニティって面倒臭いこともたくさんありますが、自主性や社会性、自分の意見を伝える力など、健やかな人間性を育むには良いような気がします。最近は、五感を潤すどころか、出る杭は打たれまいと自分の気持ちに蓋をしてしまっている子がたくさんいます。だから私は彼らが自由になれるよう、大家族のオカンでいたいと思っています」。
 五感が潤う環境はたくさんある。しかし、心が自由にならなければ、素敵な絵も、きれいな音も、美味しい料理も、なかなか心には響かない。周囲に関係無く、私はこれが好きと思えるやわらかな心がなければ、本当の意味で五感は潤わないのかもしれない。

取材協力:玉木新雌さん tamaki niime代表/ファッションデザイナー
理想の布を求め播州織に出会う。織りと染色の高い技術を習得し、着心地と色彩にとことんこだわった、オリジナルの世界を展開している。全国のセレクトショップや百貨店で販売される他、アメリカ・イタリアなど、卸先は世界に及ぶ。新雌はデザイナー名で「新しい女性」を意味している。

<tamaki niime>
兵庫県西脇市比延町550-1 OPEN/11:00~18:00 火曜定休 
毎週土日「腹ごしらえ会」実施
https://www.niime.jp

【Episode. 02】
画家 山内 亮 主婦 山内 瞳

天井が高く、全面に吹き抜けているので開放感が抜群の山内邸。愛猫を描いた山内さんの作品「過度の期待」が印象的だ。

アートのエネルギーで潤う

 10坪ほどの空間に、大好きなアートと3匹の猫と共に暮らす山内夫妻。ゆったりと時間が流れるこの家には、妻の瞳さんのセンスとアイデアが詰まっている。「夫の実家の部屋には、壁一面、隙間もないほどに絵が飾られていて、それがなんだか不憫に思えたので、大好きなアートが思いっきり飾れる家を建てたいと思ったんです」。
 そう言われて見回すと、確かに南東に開かれた窓以外に大きな開口はなく、絵が散りばめられた広い壁面が目立つ。
 しかし、亮さんの作品は、円らな眼が印象的な猫の絵だけで、多くは抽象画だ。ご本人に聞くと、「アートの定義はそれぞれだと思うのですが、僕は"作家の情熱や思いのこもったもの“がアートだと思っています。だから、これらの作品にはエネルギーがあって、僕はそれによって感性を養い、次の作品に向かいます。そういう意味で、自分の作品とは真逆のものの方が刺激をもらえるので、柔らかい抽象画が多いんでしょうね。実際は、気に入ったら買うだけなので、そこまで考えていませんが」。
 では、亮さんの趣味で並べられたアートを、妻の瞳さんはどう思っているのだろう。

どこか憎めない可愛らしさがあり、優しい印象のアートが並ぶ。動線と目線を意識して配置するのだそう。

 
 「私もアートは好きなので、自分で選んだものもあるし、そこに関して意見がすれ違うことは、さほどありません。面白いことに、可愛いものは、大抵、彼のものなんですよ。
 それに、アート以外、この家は、ほとんど私の趣味でできています。特に、素材にはこだわっていて床は無垢材、道具類は鉄や土など、風合いが楽しい天然素材のものを使っています。"健康 "エコ ということではなく、肌触りや触り心地が好きなんです。それに、人工のものは時間と共に劣化するけれど、天然のものは深みを増すから、その変化も楽しいですよね」。
 瞳さんは前職がグラフィックデザイナーということもあり、こだわりやセンスは亮さんに負けていないようだ。

瞳さんこだわりの無垢材の杉床。

鉄の重厚感と黒い色がポイントとなって白い部屋を引き締めてくれるのだそう。

完成しない家を楽しむ

 ご夫妻がこの家を建てるにあたって工務店に依頼したのは、基本的な構造部分のみ。壁の塗装やタイル貼り、棚の設えなどは、自分たちで作業したのだそう。

 
 亮さんが言うには、「完成したものより、自分たちで手を加えながら作っていく方が面白いですし、それすらも完成を目指すというよりは、その時々で変えていければと思っています。壁は全て自分たちで塗りましたし、キッチンのタイルも貼りました。2階の床はコンパネを貼って透明仕上げの塗料を塗ったのですが、木目が浮かび上がって予想外に面白い風合いになりましたね。
 こういうことひとつひとつが感性を刺激してくれます。
 絵やオブジェも、時々、設置場所を変えます。今、コレ!と思ったら、それを中心に組み立てていくのですが、それ以外のものも、移動することによって不思議と違って見えてくるんですよ。その発見も面白い」。五感は受け身で潤すばかりでなく、能動的に使って潤す方法もあるようだ。

お二人で設えたトイレの棚。正面に立つと飾られたアートがちょうど目に入る。

コンパネをオイルステインで仕上げた床。思いがけず面白いテクスチャーが浮かび上がったのだそう。

モルタルの床に瞳さんが描いた直線が美しいパターンは、まるで玄関マットのよう。

アートは眺めるだけにあらず

 アートと言えば、高価で取り扱いにも細心の注意が必要なイメージだが、山内家では、そうでもないようだ。キッチンの窓辺に飾られた陶器のオブジェを指差して、瞳さんが言った。「これ、最初に私が1つ買ったら亮君も気に入って、結局、4つ買いました。嬉しくて、触ったり並べ替えたりして楽しんでいたのですが、お正月料理を考えていたある日、いくらを盛ったら可愛いんじゃないかと思いついて。それ以来、たまに器として活躍しています。冷蔵庫に入れておくと、よく冷えるので、冷製のオードブルなんかに良いんですよ。

窓辺に並んだ4つの陶芸作品。見ても、触っても、使っても楽しい。

窓辺の陶芸作品を器に、ワインに合うオードブルの盛り合わせ。

オブジェに料理を盛る瞳さん。創造力が掻き立てられ、料理と言うより、創作活動といった様子。

トイレに飾られている陶芸作品は、癖になる触り心地。

  
 アートだからとかしこまって眺めているだけじゃなく、触ったり使ったりすると、より一層愛着が湧いて、心が潤いますよね。アートにはもちろん、家や車が買えそうな高価なものもあるけれど、我が家にあるのは数千円から1万円くらいのものがほとんどで、一番高いものでも10万円です。地震の時に落ちて壊れないように配慮をするとか、飾らない時は埃が被らないように保管するとか、大切にはしていますが、触ったり、使ったり、身近にあった方が、五感を潤すのに役立つと思います」。瞳さんが話す横で、亮さんも相槌を打ちながら、滑らかな陶器のオブジェを気持ち良さそうに触っていた。
※注意:陶器には、食器として使用できないものもあるので注意。
※注意:ギャラリー等に展示されている作品を触る時はスタッフに要確認。

猫に潤されて

目を見つめ合う瞳さんとモハヤちゃん。触り心地も触られ心地も良さそうだ。

 
 山内夫妻は愛猫家としても知られている。その認知度は、猫雑誌の表紙を飾るほどだ。瞳さんはこの家を建てる際、猫たちにも配慮したそうだ。
 「床を無垢材にしたもう一つの理由が、この子(猫)たちの爪に優しいと思ったからですし、家の中に仕切りやドアがないのは、開放感が欲しかったこともありますが、この子たちが自由に動き回れるようにでもありました。床や柱につけてくれる引っかき傷さえ、味に思えますね。
 表情も仕草も刺激的で、飽きることなく見ていられて、触れば心底癒される。私にとって彼らは何よりも五感を潤してくれる存在です。

 
 猫は匂いがダメなので、我が家は嗅覚を潤すものはあまりないかもしれませんね。大好きなコーヒーの香りとか、庭で採れた果物をコンポートにする時の匂いなどには、潤されてるかな?」

夫婦共にコーヒー好きで、毎回お気に入りのダイヤミルで挽いて淹れる。挽きたてなので、豆の香りが心地よい。右:自家製のコンポート。桃や杏、イチジクを煮ると、部屋中が甘い香りに包まれ、幸せな気分になる。

 山内家を訪れて最初に感じた、ゆったりとした空気感は、猫たちのリズムだったのかもしれない。アートと猫、いずれも枠にとらわれない自由なエネルギーを漂わせている。

取材協力:山内亮さん(右)
画家。原色を使った力強いタッチが魅力の油彩画家。猫を中心に動物を描いた作品が多い。妻の瞳さんとは、約3年前に結婚。愛猫3匹と共に暮らしている。