巻頭特集

暮らしを豊かにするアイデア

「豊かな暮らし」って何だろう?

よく耳にする「豊かな暮らし」という言葉。当たり前のように使われているが、そこからイメージされる絵は、人によってかなり違うのではないだろうか。

ある人は、タワーマンションの高層階に住み、スマートに仕事をこなしながら休日には、時間とお金を惜しみなく使って趣味を楽しむ暮らしを。
ある人は、地方の小さな一軒家に住み、大好きな仕事に汗水しながら、家族との時間を大切にする暮らしを。

ただ、いずれの場合もその先には、その人の思う「幸せ」がある。

「豊か」とは「十分に満ち足りた状態」を表現しているだけで
「何に満ち足りているか」はそれぞれだ。

何に満ち足りることが自分にとっての豊かであり、幸せなのか…

今回は「小さな家」を手がかりに、これからの豊かさや幸せを見つけようと情報発信している『YADOKARI』さんを取材した。

タイニーハウスの始まり

 みなさんは、「タイニーハウス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。直訳すると「小さな家」。この言葉がアメリカで注目されはじめたのは、2000年頃からだそう。さまざまな要因が重なりあってのことではあるが、その波が高まったのは、2007年頃から始まったサブプライムローン問題がきっかけだったと言われている。
 裕福とは言えないまでも、普通に暮らしていた人々が、突然家を失ったり、信じていたお金に裏切られたりしたことを発端に、経済に翻弄される生き方に疑問を持つ人々が現れた。その結果、消費する暮らしから、本当に大切なものだけを厳選した小さな暮らしが見直され、多くの人々の共感を得て「タイニーハウスムーブメント」が起こった。

生き方を再編集するために

日本では2011年の東日本大震災がきっかけとなった。
 津波に飲み込まれ、濁流に流される家や車を見て、自然の前ではどんなに大きな家も丈夫な建物も、なんと脆いんだろうと誰もが思ったはずだ。そして、残された人々の中には、仕事も家も家族さえも一瞬で失ったのに負債だけは残ったという人も多く、その現状に、当事者でなくとも経済社会の不条理を感じずにはいられなかった。
 一方で、何もなくなってしまった地で力強く立ち上がる人々が続々と報じられた。彼らは狭い仮設住宅に住み、モノもお金も不十分な中で、共に知恵を出し合い、助け合っていた。その姿に、人間の底力や絆など、お金やモノではない豊かさに気付かされた人々が、本当の幸せを求めて、続々と行動を起こしている。地方へ移り住む人、情報を発信する人、そして暮らしをダウンサイジングして生き方を見直そうとする人。これらの流れに求められ、日本でも小さな家が注目されはじめている。

YADOKARIの始まり

 『YADOKARI』は、小さな家を手がかりに、未来の暮らし方や豊かさについて情報発信しているクリエイティブ集団。発足のきっかけはやはり3・11だったそう。
 当時、代表のさわださんは結婚したばかりだったこともあり、何十年もローンを背負う従来のマイホームのあり方や、そのために昼夜を問わず働き続けなけばならないことに疑問を感じざるを得なかったと言う。「モノは一瞬で流されてしまう。所有することでは、本当の意味で、人は豊かにならないんじゃないか。ワクワクする未来はどうすれば訪れるのか。これからの幸せとは何なのか」。
 この疑問について、後に共同代表となるウエスギさんと語り合う中で、「もっと自然と触れ合い、人とつながり、自分の夢と向き合いたい。そのために、暮らしを再編し未来の豊さや幸せを探そう」と、参考になりそうな家や暮らしを世界中からかき集め、Webで情報発信した。それが『YADOKARI』の始まりだ。
 当初は、小さな家や多拠点の暮らしについての情報を広く共有するメディアとして活動していたが、最近では、遊休地の活用プロデュースや、タイニーハウスの企画開発なども行なっている。
 今回は、『YADOKARI』プロデユーサーの相馬さんに「小さな家が教えてくれること」について、お話をうかがった。

YADOKARIのメンバー 左からウエスギセイタさん、相馬由季さん、さわだいっせいさん

小さな家が 教えてくれること
『YADOKARI』プロデューサー 相馬由季さんのお話

 相馬さんは、『YADOKARI』唯一の社員。入社約1年だが、情報収集から執筆、イベントや遊休地活用の企画、タイニーハウス専門メディア「TINYSHOUSEORCHESTRA」の運営まで、とにかく仕事が多岐にわたっているので、さまざまな角度からタイニーハウスを見聞きしてきた。
 「私たちはタイニーハウスが答えだと言っているのではありません。ただ、実際にタイニーハウスにお住まいの方々から話を聞いて思うのは、本当に大切なものが何なのか、豊かとはどういうことなのかを見極めるきっかけとしては有効だということ。
 分かりやすいことで言えば、家が小さくなれば、当然入るモノの量が限られますから、断捨離せざるを得なくなって、本当に必要なモノは何なのかを考えますよね。さらに言えば、何が必要かは、どんな暮らしを望んでいるのかによって違いますから、自分が本当はどんな暮らしを望んでいるのかを改めて考えるきっかけにもなります。無くても生きていけるけどギターは必要だとか、何の役にもたたないけれどこの人形は置いておきたいとか。これって、自分が望む暮らしには欠かせないと思うからなんですよね」。
 モノが減ると、一つひとつが大切になる。自分が選んだモノならなおさらだ。言い換えると、お金とは無縁のところで、モノの価値が上がると言えるだろう。

「足りない」が生む豊かさ

 しかしそれだけでは、豊かさを見極められない。
 「小さな家が教えてくれる豊かさは他にもあります。
 ある人は、家族との距離が近くなった、とおっしゃっていました。狭いので、常にそばにいることになり、その結果、コミュニケーションの量が格段に増えたようです。
 他には、小さいと足りないモノが出てくるので、他人の力を借りることが増えます。例えば、シャワーがないのでお隣に借りたり。すると、借りっぱなしでは悪いので、お手伝いをして返したりするそうです。つまり、お金を介さない価値の交換、助け合いが生まれるんです。
 実際、小さな家に住んだことで、人間関係が広がった、深まったというお話はよく聞きます」。
 足りないと補わなければならない。お金でない方法で補うとすれば、知恵を絞るか助け合うか。いずれにしても豊かなことではないだろうか。

プレハブから出発し、女性一人で建てたプール付きの小さな家(左:外観 右:内観)。井戸水を汲み上げ、太陽光の温水でシャワーを浴びる生活だそう。  ※YADOKARIの本「アイムミニマリスト」(三栄書房)に収録

財布にも人にも地球にも

 お金を介さないという話が出たところで、小さな家とお金についても聞いてみた。
 「アメリカでは最近、妙に高価なタイニーハウスもあるようですが、それは別として、基本的に小さな家はそれ自体が安いので、ローンを組まずに買われる方がほとんどです。ローンや家賃の支払いがないと、月々の生活費も随分助かりますよね。それに、消費電力量がグッと減りますから電気代も節約できますし、自家発電だけでもまかなえるので、電気代0円の方もいらっしゃいます。
 また、スペースに余裕がありませんから、無駄な買い物も減りますよね。
 お金に脅かされることが減ると、あくせく働く必要がなくなるし、モノが少ないと片付けや管理が簡単になり、何処に置いたのかと探し回ったり、どれを使おうかと悩んだりする時間も省けます。そうしてできた時間を、家族や自分に使うことができる。それもまた、小さな家が教えてくれる豊かさのひとつです」。
 相馬さんの話を聞いていて気づいたことがある。消費電力量が少なければ、エネルギー資源の無駄づかいが抑えられる。無駄な買い物が減れば、ゴミも食品ロスも減るだろう。家を小さくすると地球にも優しそうだ。

自分に合った暮らしのサイズ

 では、相馬さんご自身は小さな家に住みたいと思っているのだろうか?
 「私も一度は住んでみたいと思っていますし、実際に土地探しもしています。
 実はタイニーハウスのコミュニティをつくりたいと思っているんです。真ん中に母屋があってキッチンなどをシェアして、周りにそれぞれの小屋がある、プライベート性の高いシェアハウスみたいな。パソコンひとつで仕事できる人ばかりじゃないので、通勤圏で、自然が豊かな場所を探しています。
 でも、そこを一生の住まいにしようと決めているわけではありません。住んでみて、もう少し広い方がいいな、もう少しモノを置きたいなと思えばそうすればいいし、子どもが大きくなって、プライベートを欲しがったら、別棟をつくってもいい。仕事がしにくいと思ったらもっと都心に近づくでしょうし。そうやって身の丈に合った暮らしを見つけたいと思っています。
 人にはそれぞれ、その人に合った暮らしのサイズがあります。家の大きさだけではなく、自然との距離、ご近所との関わり方や家族との関係性、仕事のウェイトや働き方。タイニーハウスはそれらの最適なバランスを見つけるための手段だと思っています」。
 お金に縛られない小さな家は、まさに、ヤドカリの最初の宿。成長と共に変えていけばいいのだ。

未来の住まい方

 誰もが同じような暮らしを夢見る時代は終わり、住まい方の多様化が進んでいることは間違いない。どんどん増える選択肢の中から自分に合ったものを選ぶには、生き方や暮らし方と向き合わなければ決められない。
 「そう遠くない未来、暮らしはもっと多様化すると思いますよ。オフグリッド(※)ももっと進むでしょうし、どこにいても無理なく働けるようになるでしょうから動く家も増えるでしょうね。自動運転が普及すれば、東京で仕事をして、寝ている間に家ごと大阪に移動なんてことも夢じゃないかもしれません」。

YADOKARIが開発・販売したトレーラーハウス「inspi-ration」のイメージパース(左:外観 右:内観)。シャワー、キッチン、トイレあり300万円~ ※現在は販売中止

 
 
 小さな家とは、経済社会に植え付けられた思い込みから自由になるための羽のようなもの。どこへ飛んでいくかは自分次第だ。きっとその先に、それぞれにとっての豊かな暮らしが待っているのだろう。

※オフグリッドとは:主に電力会社の送電網を引き込んでいない状態のこと。電気だけでなく、ガスや水道などのパイプラインから独立した状態を指す場合もある。

営みがつなぐ人の輪
神奈川県三浦市 印部邸(約12㎡)

2拠点居住の始まり

 三浦半島最南端の町、神奈川県三浦市。日本有数のマグロの水揚げを誇る一方で、一面に広がる春キャベツの畑が青々と眩しい、なんとものどかで風光明媚な町だ。
 「多分、ナビには出ないので、お隣の設備屋さんを目指してください」と言われ、たどり着いてみたら合点がいった。宅地らしからぬ空き地の隅に、まさに「小屋」と呼ぶにふさわしい小さな家がクローバーに埋もれて建っていた。

クローバーのじゅうたんが広がる印部邸。デッキでコーヒーを飲みながらのんびり過ごすのが休日の定番。

 「畑だった土地を隅っこだけ売ってもらったんです」。そう言って迎えてくれたのは印部さんご夫婦。ここは彼らが週末を過ごすために、自分たちでつくった我が子のようなマイホーム。平日は、職場に近い都内の1LDKの賃貸で暮らし、休みになるとここへ来るのだそう。
 「30歳を超えた頃から、友達の間でマイホームの話がチラホラ出るようになって、私たちもなんとなく考え始めました。
 自然があってのどかな場所という条件は最初からありましたが、当初はそこから通勤するつもりだったので、もう少し都心寄りで探していました。それでも、通勤時間は片道約1時間半。試しに想定しているエリアに1週間部屋を借りて住んでみたんです。すると、平日は慌ただしすぎて町を楽しむ余裕なんてないことが分かって…。どうせ、週末しか楽しめないのなら、大きなローンを組むのも気が進まないし、週末だけとことん気に入った場所で暮らしたいというのが結論でした」。
 そして印部さんご夫婦は、三浦に週末の家を建てることにした。

どんどん広がる人の輪

 最近は、ブームもあり、気の利いた小屋がいろいろと販売されている。しかし印部さんご夫婦は、自分たちでつくることを選んだ。
 「2拠点にすると決めたので、慌てて引っ越す必要がなくなりました。だったら、本当に欲しい家を、自分たちの手でゆっくりつくろうということになって。
 2年前の春に土地を買って、先に基礎、構造、防水に関する部分をプロにお願いして、私たちが作業し始めたのは、秋になってから。
 偶然その夏、三浦で宿を始めようとしているご夫婦が、リノベーションの手伝いを募集していたんです。これは勉強になると思って参加しました。私たちには、経験も知識もありませんでしたから。
 ところが何度か通ううちに、経験や知識以上に仲間ができていました。大工さん、壁紙屋さん、DIYが好きな友達。我が家に着工する頃には、手伝ってくれる人がたくさんできていたんです。
 着工してからもどんどん知り合いが増えました。通りがかりに声をかけてくれる人、道具を貸してくれるご近所さん。
 東京ではなかなか、友達が増えませんでしたが、ここでは暮らしているだけで、仲間や知り合いがどんどん増えていきます。デッキでぼーっとしているだけで、〝わかめが獲れたからおすそ分け〞とか、〝甘夏食べて〞とか。町を歩いていると友達にばったり出会って立ち話をしたり、じゃあ、ご飯食べる?なんて話になったり」。
 ここでの暮らしは、家の中だけでは完結しない。家に住むのではなく、町に住む感覚こそ、ここでの暮らしの醍醐味なのだ。

ご主人の定位置はホームセンターの材料で手作りしたベンチ。この下に衣類などが収納されている。

ベンチ上の窓からの風景。小鳥が巣箱にやって来るのを楽しみにぼーっと外を眺めるのは最高の贅沢。

ロフトのベッドは小窓のおかげでさほど圧迫感はない。小窓が切りとる青空や星空が寝室のインテリアだ。

モノはないならないなりに

 家が小さいと収まるモノの量も限られる。
 「〝新居のためにモノを揃える〞という考えはありません。本当に欲しいモノに出会うか、自分でつくるか、そうでなければ、ないならないなりにやっていこうと思っています。そうすると、一つひとつがとても大切なものになるので。

玄関を入ると台所を兼ねた土間が続いていて、対面の勝手口へと抜ける。居間はデッキへと広いワンフロアのようにつながっていて、寝室となるロフトも高いので圧迫感もなく、狭さを感じさせない。

シャワールームやトイレなどの水まわりはキッチンから続く土間になっている。

 それに、ないまま過ごしていると、不思議と自然にやって来るんです。例えばこの照明、気に入るのがなくてずっとないまま暮らしていたんです。そうしたらある日、郷里の知人が、眠っていた古道具だと言ってくれました。
 このテーブルも、友達が座卓をもらってきてくれて、あまりに大きいから小さく切ってちゃぶ台にしちゃいました。

知人にもらった古道具の照明。

友人にもらった座卓をリメイクしたちゃぶ台。

 なぜか、そうやって集まってきたモノは、みんな、我が家にしっくりくるんですよね」。
 彼らは、この先のことは決めていないと言う。しかし、変化に応じて形を見直しながらも、この地で暮らしを続けたいのだそう。
 家は器に過ぎない。彼らがこの地で得たものは、家よりもっと高価な、人とつながりながら暮らすというひとつの生き方なのだ。

街とシェアしてしたいことを叶える 東京都港区 飯島邸(約35㎡)

玄関ホールを兼ねたダイニングキッチン。大きな窓からの眩しい緑が印象的だ。

2階には、ベッドルームと窓辺のくつろぎスペースが。外を眺めながらお茶やお酒を楽しむのだそう。左手には、ご主人自慢のバスルームがある。

デザインで解決する

 都内屈指の高級住宅地、「白金台」。大通りを少し入ると、細い路地が入り組んだ静かな住宅街が広がっている。樹齢の長さを感じさせる大木や地蔵尊のお堂、歴史ある用水路など、古くからの営みが色濃く残る落ち着いた町だ。
 ここに、一際目立つのに、不思議と違和感のない小さな家がある。今回お伺いする飯島邸だ。
 前で立ち止まって外観を眺めていると、中から人が出てきた。後から分かったことだが、この家は路地に向かって大きな窓が開いていて、前を通る人が丸見えなのだ。ああもジロジロ見られれば、出てくる気持ちも分かる。
 玄関を入るとわずかな段差を隔ててボーダーレスにモルタル床のダイニングキッチンが広がっている。これが、1階の全てだ。
 「結婚してすぐ、夫が暮らしていた44㎡のマンションに住むことになったのですが、そのままではやはり窮屈だということになり、リノベーションしたんです。今日の家づくりに対する考え方の基礎は、その時にできました。一番は、専用のスペースにこだわらず、兼用にすれば、狭くても快適な空間が得られ、場合によっては使い勝手もよくなるということ。
 例えば、ここは、ダイニングキッチンですが、玄関ホールでもあります。私はフードライターという職業柄、ダイニングキッチンは充実させたかった。だから、玄関や玄関ホール、廊下などの要素と兼用にして、快適な空間を確保したんです。ただし、兼用にしただけでは解決しません。プロによるデザインがあってこそ、満足のいく仕上がりにできたんです」。
 古いアパートやワンルームマンションなど、玄関を入ってすぐにキッチンという間取りは決して珍しくない。しかし、キッチンは最も生活感の出やすい場所でもある。ひとつ間違えれば、入った瞬間に舞台裏を見せるようなものだ。しかし、この家の場合、優雅さすら感じる。それこそプロの建築家によるデザインの賜物なのだ。

夫の夢と妻の夢

奥様の夢、アメリカの高級ガスレンジ。キッチンの顔だ。

ご主人の夢、居心地抜群のバスルーム。奥には空を見上げる窓と屋上へ続く扉が。

 この家を建築家に依頼した際に飯島ご夫妻がこだわったこと。それは、夫婦それぞれの夢を叶えることだったそう。
 「夫が叶えたかったのは、何時間でも過ごしていたくなるような贅沢なバスルーム。実際にこの浴槽は、大きな主人でもゆったりと寝転がれるし、左右の開口からは空を眺めることができて、奥の扉からは屋上に上がることもできます。夏はバスタオル一枚で屋上へ出ているようですよ。
 その代わり、脱衣スペースや洗い場などの専用の場所はありません。そう言うと、脱いだ服が濡れるとか、体を洗う時にいちいち浴槽のお湯を抜かないといけないな
どと思う方もいるでしょう。でも、念のために…なんて、そこに保険をかけていては、したいことが中途半端になってしまいます。やってみれば、それなりの方法が見つかるものですよ。
 そして、私の夢はこの大きなガスレンジ。決して安くはありませんが、キッチンが玄関でもありますから、機能と同時に、見た目も大切なので思い切りました。おかげでキッチンに立つのが嬉しいです」。
 この家で驚かされることの1つに、大きなモノが多いことがある。ダイニングテーブル、窓、ガスレンジ、浴槽、いずれも平均的な広さの家にあっても大きいと感じるだろう。そこには間違いなく、したいことに妥協しない気持ちが込められている。

バスルームからの借景と屋上。

ストレスの減らし方

 では、家が広ければどうなのだろう。広い浴槽に、広い脱衣所、開放感のある玄関に、ガスレンジに負けない立派なキッチン。全て解決するのではないだろうか。
 「結婚した当初は、44㎡のマンションでリノベーションせずに暮らしていました。そもそも整理収納は苦手な上に狭かったので、百円ショップで収納グッズを買ってきては置き場に住所を決めて頑張りました。でも、収納マップが頭に入りきらないんです。わずか44㎡なのに、どこに何があるか分からなくなっちゃうんです。
 あきらめて、リノベーションしようと決めた時、結局、何を捨てたかと言うと、タンスでした。その時分かったことは、〝収納する場所があると、存在すら忘れてしまうようなもモノが溜まっていく〞ということ。しかも、そういう場所があると、そこを開ける度に、謂れのないストレスを感じるんです。
 今は狭いおかげで、どこに何があるか頭の整理ができています。しかも、モノを厳選しなければならなかったので、どこを開けても好きなモノばかり。これって、とても心を軽くしてくれます。それに、狭いと動線もシンプルになりますから、作業面のストレスも減るんですよ」。
 お金が潤沢にあって、使用人がいるような家でない限り、家族の誰かが家事をすることになる。そう思えば、できるだけストレスは減らしたいものだ。

街とシェアする

外壁をくぼませ、角を削って、外回りに緑を添えることで、町の一部となっている。

 そうは言っても、必要なモノは必要だし、狭い家でずっと顔を突き合わせるのが辛いこともある。
 「だから、ここを選んだんです。近所には図書館が2つあります。公園も、美術館もあります。本が読みたければ図書館に行けばいいし、気分転換したければ公園でもカフェでも、逃げ場はたくさんあるし、冷蔵庫に詰め込まなくても、スーパーやコンビニも揃っています。街から借りればいいんです。
 庭も借りていますよ。大きな窓からの眺めは我が家の庭、駅から続く路地は、緑豊かなアプローチだと思っています。それがこの場所を選んだ理由なんです。
 でも、借りているだけでありません。建築家の提案で、狭い敷地にあえて庭をつくったのは、街の一部になるためです。垣根もないので、ちょっとした撮影スポットになっているようですよ」。
 最初に感じた、目立つのに違和感がない理由は、この小さな庭のおかげだ。この家は、窓が象徴するように街に大きく開かれている。あまりにオープンなので、セキュリティさえバッチリだ。街から借りて、街に返す。これもまた、お金ではない豊かさのひとつだ。

左:2階窓からの借景 右:緑のアーチが門柱代わり

BOOKS

ニッポンの新しい小屋暮らし
光文社 1,500 円(税別)
週末だけの秘密基地や、ホームセンターで購入した資材でセルフビルドした54万円の小屋など、小さな暮らしの11の実例を紹介。

アイムミニマリスト
三栄書房 1,500 円(税別)
ミニマルな暮らしの先駆者達の体験談や思い、YADOKARI立ち上げのエピソードから活動の変遷までが綴られた一冊。

取材協力

YADOKARI 株式会社 http://yadokari.net
「未来の住まい方」をテーマに、世界のさまざまな家や暮らし、働き方などを紹介している他、YADOKARIが手がけた遊休地の活用事例などを紹介しているサイト。