巻頭特集

STYLE OF LIFE スタイルのある家

限られたスペースで叶える 石井修の見えない家

夏場ともなると生い茂る草木と一体となり、見えない家になるドムス香里の外観寝屋川市ドムス香里      Photo:Hiromitsu Morimot

石井修と いうネーム バ リ ュ ーからか、 彼が手がけた住宅は浮世離れした大邸宅がほとんどだ。ところが、 代表作の 一 つ に庶民にも手の届く家がある。 それが11戸の分譲棟と17戸の賃貸棟が(1981年竣工)向かい合っ て並ぶ 『ドムス香里』 だ。
 この エ リアは公団住宅が立ち並ぶ いわゆる造成された新興住宅地。 言い換えると、 石井氏が最も好まなか っ たタイプの土地だ っ た。
 だからこそ、 こ の物件におい て石井氏は当時ではあり得ない挑戦をして いる。 それは、 狭い敷地にもかかわらず、本来60%ある建坪率をあえて40%に抑え、 浮いた部分をオープン ス ペ ースにすることで、 街の中に森を つくろうとしたのだ。 しかも、 戸数を増やすことで コ ストパ フ ォ ー マ ン スをあげると いう集合住宅最大の利点を無視し、 家を積み上げずに建物を低くした。 その結果、 独特の形が生まれる。 それが、 戦前からある大阪の木造二階建長屋にも似た最小間口2間のうなぎの寝床的な構造だ。 しかし驚くことに窮屈に思えるその間口を抜けるとそこには開放感すら感じられる空間が広が っ て い る。

間口2間で開放感を得る

 最初に誤解があってはいけないので言っておくと、この家は間口は狭いものの、床面積は意外に広い。当時の公団住宅の床面積が平均72㎡なのに対して、最低でも109㎡は確保されている。これも石井氏の「豊かな暮らしのためには最低でも120㎡は必要だ」というこだわりから、建物を3層にすることで面積増を図っているのだ。
 とは言え、 間口は2間強。 狭く感じないための工夫は必要だ。まずは、長さ方向には部屋を仕切らないこと。 これは誰もが思い つくだろう。 特筆すべきは、 3階建なのに建物自体は低く、しかも圧迫感を出さないために天井高を確保したところだ。 天井が高ければ自ずと開放感が得られ、 狭いという印象は薄らぐ。そのために用いられて いるのが当時はまだ珍しか っ たスキ ップフロアと、 波打つ形状が印象的な※リブスラブだ。

玄関→ダイニングとリビング

 

 まず、 玄関を入 っ てすぐのキ ッチンとダイニ ングの床は地面と同じ高さにある。 しかし、 それに続く正面奥のリビ ングは、 階段4段分下げて つくられて いる。 つまり、 半地下にすることで、 天井高を確保して い るのだ。 実はこ のリビ ン グが玄関を入 っ て真 っ 先に目に飛び込んでくるので、 奥 へ の広がりが感じられ、 狭い印象を一瞬にして消してしまうのだ。
 さらに、 リブ ス ラブを採用することで梁の幅を短くすることができ、 建物全体の高さを抑えながら、 天井の波打つ形状と白の視覚効果で、 空間の圧迫感を緩和してくれて い る。
※リブスラブ:スラブとは鉄筋コンクリート造における床板のこと。それをリブ状に波うたせることで、強度を確保する工法。

街の森に住む

 そして、 何と言っ ても贅沢に設けられたオープンスペースが空間にゆとりを感じさせている。門から玄関にかけての小道に沿っ た前庭、 家の中心を貫く中庭、そして小さな菜園ができるほどの後庭。 さらに、2階・3階にも前後にベランダを配し、 どの部屋からも2方向からの通気と採光が得られるようにな っ ている。

3 階の屋上から見る中庭のケヤキ。(冬)

2 階から見上げた中庭のケヤキ。(夏)Photo:Hiromitsu Morimoto

1階から見上げた中庭のケヤキ。(秋)

1階の後庭。

2 階の廊下。右側面は中庭の吹き抜け。

3階の寝室から屋上をのぞむ。

 現在、 これらの空間は住民の方々が思い思い に使 っ ているので当初の様相とは異なる部分もあるが、 設計当初は年間通じて緑が感じられ、 四季の移り変わりが分かるようにとム クノキ、 ケヤキ、 モミジ、 サクラ、 ウバ メガシなど、 石井氏が選定したさまざまな木々が植えられていた。
 また、 共有部分にも同様に、四季の移ろ いと、 バ ラン スよく配置された高木 ・ 低木が、 私有地内の緑と共有部分の緑を 一 体としてひと つ の森になるよう設計され、その完成は20年後と計画されて い た。
 竣工からすでにされて い た。30年以上の月日が過ぎた。 各戸に植えられた中庭のケヤキは寄り添いあっ て大きな傘となり、 家々に爽やかな風を届けている。

Photo:Hiromitsu Morimoto 全戸の中庭から伸びたケヤキの木が緑の傘で家々を覆う

 最後に入居1年目のご夫婦にお話を伺 っ た。
 「こ の家は不思議と、 どの部屋も居心地が良いんですよ。 自分なりの解釈ですが、 光の緩急と素材感、 そしてどこに居ても外が感じられることが居心地の良さをつくっ ているように思います。 ダイ ニ ン グなどは天井も低めで少し暗いんですが、 それはそれで落ち着くし、 窓の フレームが木だ っ たり、 キ ッ チンに古レンガが使われていたり、 天然由来の温かみある素材と、 少し古びたコ ン クリートの打ち放しとバ ランスが絶妙ですね。 インテリアを北欧風にまとめようと試行錯誤中ですが、 それも合いそうでしょう?そして何より、 街中に いながら季節が感じられるのは嬉しい ですよね。 とにかく庭やベ ラン ダがたくさんあ っ て、 まだ活用し切れて いな い のが現状です」 。
 街中にあ っ ても石井修スタイルは人々に安らぎを与えているようだ。

昼間でもやや暗めのリビング。森の中は明るいだけとは限らない。

石井修の意思を継いだ中庭のある家

photo: 東出清彦写真事務所 伊賀市 F 邸

一人娘の智子さんは、 幼い頃から楽しそうに仕事の話をする父 ・ 修氏の姿を見て育ち、 「お父さんを手伝いたい」 との思い で建築家にな っ たそう。 実際に、 長きにわた っ て手伝い、 修氏最後の物件では、 歩くのが不自由にな っ た修氏を支え、 一 緒にな っ て竣工させた。 ずっと父親の背中を追いかけてきた智子さんは、石井修の 一 番のフ ァ ンであり、 そのスタイルを最もよく知る人物の 一 人だ。 彼女の建てる家の中に
も修氏のメ ッ セージが見え隠れする。そのこともあり、 石井修スタイルを求めて設計を依頼されることもあるそうだ。

癖になる石井修スタイル

 この物件もその一つ。前に紹介したドムス香里に以前住んでいた施主のF氏が、その住み心地やデザインに近い家を建てたいと、智子さんに設計を依頼した。
 「ドムス香里には賃貸で入っていたのですが、内見してすぐに気に入って決めたのを覚えています。 何がと言われるとよく分からないのですが、とにかく居心地がよかったですね。 その反面、手間のかかる家でもありました。たくさんある庭やベランダには土が入っていて、荒れた状態で引き渡されたので、手入れをするところから始まっ て、植物を植えたり、 夏には中庭の木にセミがたくさんやっ てきてうるさか っ たり、 落ち葉も大量に出ますしね。 でもそうやっ て手入れをしながら暮らす楽しさを知 っ たような気がします。
 家を建てると決めた時、 ドムスの持つ説明のできない居心地の良さや格好良さを再現した いと思い、 うまく伝えられなくても分か っ てくれるだろう智子さんにオフ ァ ーしました」 。
 この物件を改めて眺めると、うなぎの寝床スタイルなところや外観の形状、 渡り廊下から中庭を望む感じがドム ス香里によく似ている。 しかし、 ドム ス香里がコ ンクリート造なのに対して木造である点は大きく異なる。これは、 施主の 「祖父の山にある木々を使 っ て欲しい」 との依頼によるものだ。 智子さんは 一 緒に山に入 っ て、 どこに使うかを見定めながら木を選んだのだそう。

photo: 市川靖史 白い壁と深いウッドのコントラストが美しく、吹き抜けの高い天井が開放的なリビング。有名店のカジュアルな家具とのコラボが抜け感を出し、気取らない空間となっている。

 この話と重な っ て思い出したのが、 目神山の回帰草庵の柱を石井修氏自らが福井の山に入 って探した話だ。 こんなところにも石井修スタイルが引き継がれてい たようだ。

暮らしを豊かにする中庭

photo: 東出清彦写真事務所 リビングに向かい合う和室から見た中庭。一段下がっているのでリビングからの風景とはまた違って見える。

 最後に施主のF氏に住み心地に つ い て伺 っ た。
 「ドムスで石井修さんに教えてもら っ た居心地の良さに、 自分たちの希望が付加されて、 住み心地は上々です。 子どもたちはまだ小さい ので、 遊び場にはこ の中庭ぐらいがちょうどよくて、石ころや葉 っ ぱを拾 っ て遊んで います。 植わ っ ている植栽も季節が感じられるように考えて選んでくださ っ ているので、 大人の私たちもリビ ングの大きな開口から四季を楽しんで います」 。

photo: 東出清彦写真事務所

上:ドムス香里によく似た外観。 下:リビング奥のキッチンから中庭を望む。

上:道路に面した正面玄関。手前の池には蛍が飛ぶそう。 下:リビングに対面する和室。

 子ども達が中庭で遊んで いる話を聞い て、 またひと つ思い出した。 石井修氏の書籍 『緑の棲み家』 の中にあ っ た 一 枚の写真だ。 目神山の回帰草庵の屋上庭園で遊ぶお孫さんたちの様子だ。
 広いリビ ングもい いけれど、 中庭にス ペースを割くことで、 暮らしがグッと豊かになる。 石井修氏がそう言っ ているようだ。この家もき っと、20年後には見えない家に近づくことだろう。

建築家
石井 修
1922-2007

奈良県出身。安藤忠雄や出江寛と名を連ねる関西を代表する建築家。地形に順応し、自然と共生する住まいづくりの先駆者で、「建物に外観はいらない」という表現は石井氏の住空間づくりへの考え方が集約された言葉として知られている。
代表作----------------------------------
1974年 天と地の家
1976年~2007年 目神山の住宅22棟
1981年 ドムス香里
1987年 万樹庵
著書------------------------------------
『緑の棲み家』学芸出版社

取材協力

石井 智子
美建設計事務所代表。一級建築士
父・石井修氏を手伝いたいという思いから建築家になり、意志を継いで住宅を手がけている。その他、住宅だけでなく、寺院や登録文化財の改修、幼稚園など、さまざまな物件に携わる。

株式会社 美建設計事務所 
奈良県桜井市桜井770-1 TEL.0744-48-3066
https://bikentomo.com